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法律の留保とは?意味・種類・侵害留保説をわかりやすく解説|行書塾

法律の留保とは、行政機関が一定の行政活動を行う場合、あらかじめ法律によってその権限が定められていなければならない(法律の根拠・授権が必要)という原則です。

例えば、不動産を所有している人は、「固定資産税」が課せられます。これも、法律によって定められているから課せられるのです。

行政機関が勝手に、時計を持っている人には「時計税」を課します!といっても法律にそのようなルールは定められていないので、それはできません。

法律の留保の範囲

行政のすべての活動に「法律の留保の原則」が当てはまるかというと、色々な考え方があります。

それが、①侵害留保説、②全部留保説、③権力留保説、④重要事項留保説

①侵害留保説

行政書士試験では、この侵害留保説を覚えておきましょう!

侵害留保説とは、「国民の自由」や「財産」を侵害する行政活動のみ、法律の根拠が必要ということです。

上記事例の、税金を課す行為については、国民の財産を侵害する行政活動と言えます。そのため、法律に「〇〇税は課していいですよ!」と規定されていなければ、〇〇税を課すことができないということです。

つまり、上記「時計税」は法律に規定されていないので課すことができないということです。

②全部留保説

全ての行政活動について法律の根拠が必要という考え方です。

「国民の自由」や「財産」を侵害する行為だけでなく、侵害しない行為であっても法律の根拠が必要ということです。

この考えによると、警察官が、道案内をする場合も法律の根拠が必要ということになります。

そして、行政書士試験のレベルであれば、③権力留保説、④重要事項留保説は勉強しなくてもよいでしょう!

法律による行政の原理

法律の法規創造力 国民の権利義務に関するルールは法律のみ定めることができ、行政機関は、法律の授権なく法規を作れない
法律の優位 行政活動は法律に違反してはならず、違反したら、取消されたり、無効となる
法律の留保 一定の行政の活動が行われるためには、法律の根拠・授権が必要

行政法の一般原則

信義誠実の原則
権利濫用の禁止
比例原則
平等原則
適正手続の原則

東大ポポロ事件(ポポロ事件)とは?わかりやすく解説|行書塾

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは?

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは、東京大学の学生団体「ポポロ劇団」の演劇発表会に私服警察官が立ち入ったことをきっかけに、大学の自治と学問の自由の範囲が争われた憲法上の重要判例です(最大判昭和38年5月22日)。

行政書士試験では、憲法23条(学問の自由)の論点として頻出であり、以下の4つのポイントを正確に押さえることが合格への鍵となります。

  • 教授の自由の憲法上の位置づけ
  • 大学の自治が認められる範囲(人事・施設管理・学生管理)
  • 政治的社会的活動と学問の自由の区別
  • 学生の権利が大学の自治の「効果」として認められるにすぎないこと

本記事では、ポポロ事件の事案・争点・判決を、行政書士試験対策の視点からわかりやすく整理します。

論点

  1. 教授の自由は憲法上保障されるか?
  2. 大学の自治の内容は?
  3. 政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条(学問の自由)によって保障されるか?
  4. 大学生が、学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

事案

東京大学の学生団体「ポポロ劇団」は、大学の許可を得て、同大学の教室内において、松川事件を題材とする演劇を行っていた。

この松川事件とは、国鉄の労働組合が、国鉄への反発として、機関車を脱線させた事件で、社会的な事件と言えます。

このようなテーマを題材として演劇を行っているため、私服警察は、大学の正式な許可を得て大学の教室内で客としてみていた。

この演劇を発表している際、観客の中に私服警官がいるのを学生が発見し、学生が警官の身柄を拘束し、警察手帳を奪い、謝罪文を書かせた。

この際、被告人Yは、洋服内のポケットに手を入れ、服のボタンをもぎ取るなど、暴行を加えたとして、起訴された。

学生は、大学の自治を主張して争われた。

判決

教授の自由は憲法上保障されるか?

憲法23条は、教授の自由を必ずしも含むものではないが、大学における教授の自由は、憲法の趣旨と学校教育法52条に基づいて保障されている。

憲法23条(学問の自由は、これを保障する。)は、広くすべての国民に対して、「学問的研究の自由」と「その研究結果の発表の自由」を保障するとともに、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨とする。

一方、「教育ないし教授の自由」は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。

しかし、大学については、憲法の趣旨と学校教育法52条により、教授その他の研究者が、その専門の研究の結果を教授する自由が保障される

大学の自治の内容は?

人事に関して認められ、また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められる。

大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められる。

この自治は、特に大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。

また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められ、これらについてある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。

政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条学問の自由)によって保障されるか?

保障されない

大学における学生の集会(本件演劇)も、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しない

本件集会(演劇)は、真に学問的な研究と発表のためのものではなく、実社会の政治的社会的活動であり、大学の学問の自由と自治は享有しない。

したがって、本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を侵すものではない。

大学生が学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づく。

そのため、大学の学問の自由と自治は、直接には、『「教授その他の研究者」の「研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由」』と『これらを保障するための自治』を意味する。

大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。

そして、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。

しかし、大学の学生として、一般国民以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである

 

判決文の全文はこちら>>

堀木訴訟とは?わかりやすく判旨・争点を解説【生存権・憲法25条】|行書塾

堀木訴訟をわかりやすく

堀木訴訟とは、障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止が憲法25条(生存権)に違反するかが争われた裁判です。

全盲の女性・堀木フミ子さんが、障害福祉年金を受けながら児童扶養手当も申請したところ、「両方同時にはもらえない」という規定(併給禁止)を理由に却下されました。これに対し堀木さんは「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に違反すると訴えました。

最高裁は、社会保障の具体的な内容は立法府の広い裁量に委ねられているとして、併給禁止は憲法に違反しないと判断しました。この考え方は行政書士試験でも頻出の「広い立法裁量論」として重要です。

以下では、事案・争点・判旨の詳細を順に整理していきます。

論点

  1. 憲法25条1項および2項の解釈と適用について
  2. 児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

事案

X(堀木フミ子氏)は、全盲の視力障害者として、障害福祉年金を受給していた。同時に、Xは内縁の夫との間に男子を、夫との離別後、独力で養育していたので、兵庫県知事Yに対して、児童扶養手当の受給資格の認定の申請をした。

しかし、Yは、障害福祉年金を受給しているので、児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」に該当するとの理由で、申請を却下した。

さらにXは、異議申立をしたが、棄却され、Xは、児童扶養手当法4条3項3号が憲法25条(生存権)に違反するとして、「却下処分の取消し」と「手当受給資格の認定をYに義務付ける判決」を求める訴訟(義務付け訴訟)を提起した。

判決

憲法25条1項および2項の解釈と適用について

憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。
この規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。

また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
この規定は、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものである。

そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充(法令)により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである。

児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

→違反しない

憲法25条(生存権)の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。

しかも、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができない。

また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。

したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない

児童扶養手当は、もともと母子福祉年金(国民年金)を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、受給者に対する所得保障である点において、前記母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ自然である。

そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する2つ以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであっても、事故が2つ以上重なったからといって稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。

このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策上の裁量事項であり、それが低額であるからといって当然に憲法25条違反に結びつくものということはできず、本件規定は違憲ではない。

判決文の全文はこちら>>

関連ページ

>>関連判例:最大判昭42.5.24:朝日訴訟(生存権の法的権利性の有無)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権

猿払事件とは?わかりやすく判旨・論点を解説|行書塾

猿払事件とは?【結論を30秒で理解】

猿払事件とは、国家公務員の政治活動の自由と国家公務員法の合憲性が争われた最高裁判例(最大判昭和49年11月6日)です。最高裁は、公務員の政治的行為を一律に禁止する国家公務員法102条1項および人事院規則14-7の規定について、「合理的でやむをえない限度にとどまる」として合憲と判断しました。

この判例が行政書士試験で重要とされる理由は、次の2点です。

  • 表現の自由(憲法21条)の制約が許される基準を示した代表的判例であること
  • 「合理的関連性の基準」という緩やかな違憲審査基準が用いられ、後の堀越事件(最判平成24年)で判例変更された流れまで問われること

以下では、猿払事件の事案・判旨・合憲性判定基準の3つのポイントを、行政書士試験の出題傾向に沿って整理していきます。

論点

  1. 公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?
  2. 政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

事案

Xは、北海道宗谷郡猿払村の郵便局(当時公務員)に勤務しており、一方で、猿払地区の労働組合協議会の事務局長をしていた。そして、衆議院議員選挙に際して、上記協議会の決定により、日本社会党を支持する目的をもって、同党公認の候補者のポスターを公営掲示板に掲示したほか、配布も行った。

Xの行為が国家公務員法で規定されている禁止行為に該当するとして罰金刑を受けたため、その刑を不服として提訴した。

判決

公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?

→違反しない

政治的行為は、政治的意見の表明としての面をもつから、憲法21条(表現の自由)による保障を受ける。

しかし、公務員は、「国民全体の奉仕者」であるため、政治的に一党一派に偏ることなく「中立的な立場を堅持して、職務の遂行にあたることが必要」である。

したがって、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的でやむをえない限度にとどまるもので限り、憲法の許容するところである。

つまり、政治的行為を禁止する規定について、合理的でやむをえない限度であれば、合憲である、ということです。

政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

上記の判断は、下記3点から検討されるべきである。

  1. 規制目的の正当性
  2. 目的と禁止される政治的行為との合理的関連性
  3. 政治的行為の禁止により「得られる利益」と「失われる利益」との均衡

今回の事案を上記に当てはめると

  1. 政治的行為の禁止規定は、「行政の中立的運営」と「これに対する国民の信頼を確保する」という目的であり、この目的は正当であるといえる
  2. 上記目的と、禁止規定である「特定の政党を支持したり反対したりするためのポスターの掲示や配布」は合理的関連性があるといえる
  3. 禁止規定は、意見表明(言論)そのものの制約がねらいではなく、ポスターを掲示する・配布するという行為(非言論)の制約であり、言論そのものに及ぶ制約は「間接的・付随的」なものに過ぎないため、失われる利益は小さいといえる。一方、禁止規定による公務員の政治的中立性、国民の信頼確保という得られる利益は大きいといえる。

上記理由から、政治的禁止行為の規定は違反しないといえる。

 

信教の自由とは?憲法20条の内容をわかりやすく解説【政教分離も】

憲法第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
信教の自由は、明治憲法でも規定されており、保障されていました。しかし、実際は、靖国神社を中心とする神道・神社が国教として扱われ優遇され、キリスト教のように弾圧された宗教もありました。そのような過去を踏まえて、日本国憲法では、個人の信教の自由を厚く保護しています。

信教の自由の内容

信教の自由には、下記3つがあります。下記3つは憲法20条で保障されています。
  1. 信仰の自由(特定の宗教を信じる自由、信仰を変える自由)
  2. 宗教的行為の自由(礼拝、祈祷等を行う自由、布教の自由)
  3. 宗教的結社の自由(宗教団体を設立する自由、宗教団体に加入する自由)
また、上記3つをしない自由も憲法20条によって保障されています。

信教の自由の限界

誰もが信教の自由を有することから、他人の人権と衝突することもあり得ます。そのため、上記の「宗教的行為の自由」と「宗教的結社の自由」の2つは、「公共の福祉」による制限を受ける場合があります。しかし、信教の自由は内心に関わることなので、その規制に対して、慎重でなければなりません。

公共の福祉とは?

日本国憲法は第12条の後半で次のように定めています。
憲法12条 国民は,これ(憲法で規定されている自由や権利:基本的人権)を濫用してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
つまり、分かりやすくいうと、基本的人権は自分ひとりだけのものではないので、わたしたち国民は、他人の権利を侵害するような権利の使い方(=権利の濫用)をしてはいけません。国民には,社会全体がよくなる(=公共の福祉)ように、権利を利用する責任があるということです。 よって、「公共の福祉による制限」とは、社会全体がよくなるように、権利濫用を防ぐための規制ということです。 この点については、下記「オウム真理教解散命令事件」の判例を参考にしてみてください。

信教の自由に関する重要判例

  • 学生Xは、「エホバの証人」という宗教を信仰しており、宗教上の理由から、体育の剣道実技の授業の参加を拒否し、レポート提出等の代替措置を求めました。しかし、校長らはこれを認めず、体育の成績が認定されず、2年連続で留年(原級留置処分)となり、結果として、学則に従って退学処分となった。このことについて、学校教育における信教の自由の保障が争われた。 この点について最高裁は、「学生は、信仰の核心部分と密接に関連する真しな理由から履修を拒否したものであり、他の体育種目の履修は拒否しておらず、他の科目では成績優秀であった上、右各処分は、同人に重大な不利益を及ぼし、これを避けるためにはその信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせるという性質を有するものであり、同人がレポート提出等の代替措置を認めて欲しい旨申し入れていたのに対し、学校側は、代替措置が不可能というわけでもないのに、これにつき何ら検討することもなく、右申入れを一切拒否したなど判示の事情の下においては、右各処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものというべきである。」として、レポート提出等他の手段が可能なのに、他の手段について何も検討することなく、留年・退学処分としたことは、裁量権の範囲を超え、違法だとした(最判平8.3.8.:エホバの証人剣道受講拒否事件
  • オウム真理教は、大量殺人を目的とした地下鉄サリン事件を起こした。この事件を受けて、オウム真理教に対する解散命令が出され、この解散命令が、宗教的結社の自由に対する制限ではないかと争われた。 この点について最高裁は、「解散命令によって宗教法人が解散しても、信者は法人格を有しない宗教団体を存続させ、あるいは、新たにこれを結成することは妨げられるわけではない。すなわち、解散命令は、信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わないのである。 ・・・・解散により、これらの財産を用いて信者らが行っていた宗教上の行為を継続するのに何らかの支障を生ずることがあり得る。このように、宗教法人に関する法的規制が、信者の宗教上の行為を法的に制約する効果を伴わないとしても、これに何らかの支障を生じさせることがあるとするならば、憲法の保障する精神的自由の一つとしての信教の自由の重要性に思いを致し、憲法がそのような規制を許容するものであるかどうかを慎重に吟味しなければならない。」 として、合憲だけれども、オウム真理教の解散により、宗教上の行為に支障が生じることもあるから、制限をかける場合は、慎重に吟味する必要性を主張した。(最決平8.1.30:オウム真理教解散命令事件
<<事前抑制と検閲(憲法21条2項) | 政教分離(憲法20条1項、3項)>>

信教の自由・政教分離に関するよくある質問

信教の自由とは?

信教の自由とは、憲法第20条で保障される基本的人権の一つで、①信仰の自由(特定の宗教を信じる・信じない自由)、②宗教的行為の自由(礼拝・祈祷・布教等の自由)、③宗教的結社の自由(宗教団体の設立・加入の自由)の3つを含みます。いずれも「しない自由」が含まれ、何人も宗教上の行為への参加を強制されません。ただし、宗教的行為の自由と宗教的結社の自由は、公共の福祉による制限を受ける場合があります。

政教分離とは?

政教分離とは、国家と宗教を分離し、国家の宗教的中立性を確保する憲法上の原則です。憲法第20条1項後段は宗教団体が国から特権を受けることや政治上の権力を行使することを禁止し、同条3項は国およびその機関による宗教教育・宗教的活動を禁止しています。さらに憲法第89条は、宗教上の組織・団体への公金支出を禁止しています。政教分離は、個人の信教の自由を間接的に保障するための制度的保障と解されており、行政書士試験でも頻出のテーマです。

最大判昭47.11.22:川崎民商事件

論点

  1. 旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?
  2. 旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

事案

昭和38年に、自宅店舗において川崎税務署収税官吏が、Xの所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとしていた。

これに対し、Xは、「何回くるんだ、事前通知がなければ調査に応じられない」などと大声をあげたり、また「あちらへ行こう」と収税官吏を引っ張ったりするなど、上記検査を拒んだ。

これが旧所得税法に違反するとしてXは起訴された。

憲法第35条(住居の不可侵)
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、現行犯逮捕の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

憲法第38条(黙秘権)
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

判決

旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?

→違反しない

旧所得税法の規定する検査拒否に対する罰則は、収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものである。

しかし、収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であって、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。

また、当該検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。

さらに、強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであるが、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたい

憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでない(収税官吏の検査)との理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

つまり、収税官吏の検査においても、憲法35条1項の保障の範囲外とは判断できない

しかし、総合して判断すれば、収税官吏の検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、憲法35条に違反しているとはいえない

旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

→違反しない

憲法38条1項は、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものである。

そして、上記保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、等しく及ぶものと解するのを相当とする。

しかし、収税官吏の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、当該検査、質問の規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。(=違反ではない)

義務付けの訴え(抗告訴訟の一種)

行政事件訴訟法の類型でも勉強した通り、主観訴訟の中の抗告訴訟の一つに「義務付けの訴え」があります。

主観訴訟とは、個人の権利利益の救済を目的とし、自分自身に直接関係する行政活動に対する訴訟を指し、抗告訴訟とは、行政庁の公権力の行使に関して違法でないかと不服がある場合の訴訟です。

義務付けの訴えとは?

義務付けの訴え義務付け訴訟)とは、下記場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟を言います。
  1. 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(申請を前提としない義務付け訴訟非申請型義務付け訴訟
  2. 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(申請を前提とする義務付け訴訟申請型義務付け訴訟

非申請型義務付け訴訟:1号義務付け訴訟

非申請型義務付け訴訟は、「非申請型」の通り、申請者でない者が行政庁に対して「こういった処分を行ってください!」と求める訴訟です。

例えば、甲市内に違法建築物があるにも関わらず、甲市が何ら権限を行使せず放っておいている場合、隣地の住民は、甲市に対して、建物の除去命令を下してください!と義務付けの訴えを提起することができます。

この場合、隣地の住民は、事前に何かしらの申請をしたかというと、何の申請もしていません。単に、隣地の住民は建物の除去命令がされないことにより、重大な損害を受ける可能性があるから除去命令を求めているだけです。

非申請型義務付け訴訟の訴訟要件

1号義務付け訴訟を提起できる要件は下記3つです。すべて満たした場合に適法となり審理されます。いずれか一つでも満たさない場合は、不適法として却下されます。

  1. 一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあること
  2. その損害を避けるため他に適当な方法がないこと
  3. 行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者であること

非申請型義務付け訴訟の勝訴要件

1号義務付け訴訟で原告が勝訴するためには下記2つのいずれかを満たす必要があります。

  1. 行政庁がその処分をすべきことが明らかであること
  2. 行政庁がその処分をしないことが裁量権の逸脱・濫用となると認められること

上記のいずれかを満たせば、認容判決(原告勝訴)となり、どちらも満たさない場合は棄却判決(原告敗訴)となります。

申請型義務付け訴訟:2号義務付け訴訟

申請型義務付け訴訟は、「申請型」の通り、申請したけど、拒否処分を下されたり、不作為状態が続く場合に、「申請に対して許可処分を下してください!」と義務付けよう求める訴訟です。

例えば、Aが甲県の建築主事に対して、建築確認の申請をした。しかし、建築主事は拒否処分をした。その場合、Aは甲県に対して、建築確認を認めてください!と義務付けを求めることが申請型義務付け訴訟です。

申請型義務付け訴訟の訴訟要件

2号義務付け訴訟を提起できる要件は、不作為型と拒否処分型とで異なり、それぞれ、2つの要件を同時に満たす必要があります。

不作為型
  1. 法令に基づく申請又は審査請求がなされたにも関わらず、相当期間内に処分または裁決がされなかったとき
  2. 不作為の違法確認の訴えと併せて提起すること
拒否処分型
  1. 法令に基づく申請又は審査請求が、却下または棄却された場合に、当該処分または裁決が取り消されるべきものであったり、無効または不存在であったとき
  2. 取消訴訟」又は「無効確認の訴え」と併せて提起すること

上記不作為型については、「不作為の違法確認訴訟」と関連する部分です。

申請型義務付け訴訟の勝訴要件

2号義務付け訴訟で原告が勝訴するための要件は「不作為型」と「拒否処分型」とで異なります。

不作為型 行政庁が処分・裁決すべきことが根拠法令から明らかである場合
拒否処分型 行政庁が処分・裁決をしないことが裁量権の逸脱・濫用である場合

上記を満たせば、認容判決(原告勝訴)となり、満たさない場合は棄却判決(原告敗訴)となります。

<<不作為の違法確認の訴え | 差止めの訴え>>

最判平14.7.9:宝塚市パチンコ条例事件

論点

  1. 国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

事案

宝塚市Xの条例に「パチンコ店等の建築物を建築するためには市長の同意を必要とし、この規定に違反して建築しようとする者に対し、市長は建築の中止、原状回復その他必要な措置を講じるよう命じることができる」旨の規定があった。

宝塚市長は、上記規定に違反してパチンコ店を建築しようとするYに対して、その建築工事の中止を命じた。

しかし、Yがこれに従わなかったため、宝塚市Xは、Yに対して、建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。

判決

国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

不適法である

行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる

そうだとすると、国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきである。

一方、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。

そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。

また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。

したがって、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである

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最大判平元.3.8:レペタ訴訟

論点

  1. 法廷でメモを取る自由は、憲法で保障されているか?
  2. 法廷でメモを取る行為を制限することはできるか?

事案

アメリカ国籍のレペタ氏Xは、アメリカワシントン州の弁護士で、国際交流基金の特別研究員として日本で経済法の研究を行っていた。その一環として、所得税法違反の事件の各公判を傍聴した。Xは、各公判期日の前に、担当裁判長に対して、7回にわたり傍聴席においてメモを取ることの許可を求めたが、いずれも許可されなかった。

そのためXは、上記不許可は憲法に違反するとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

判決

法廷でメモを取る自由は、憲法で保障されているか?

→憲法21条1項の精神に照らし尊重に値する

憲法21条1項では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」としている。

そして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上で欠くことのできないものである。

このような情報に接し、これを摂取する自由は上記趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然導かれるところである。

ただし、筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできない。

しかし、情報等の摂取を補助するためにする筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきである。

法廷でメモを取る行為を制限することはできるか?

特段の事情のない限り、制限することはできない

情報等の摂取を補助するためにする筆記行為の自由も、「他者の人権との調整」や「優越する公共の利益を確保する必要」から一定の合理的制限をうけることはやむを得ない。

しかも、筆記行為の自由は、憲法21条1項によって直接保障される表現の自由と異なり、その制限には、表現の自由に制約を加える場合の厳格な基準が要求されるものではない。

そして、公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べればはるかに優越する法益である。

しかし、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げることは通常ありえず、特段の事情がない限り、これを傍聴人の自由に任せることが憲法21条1項の趣旨に合致する。

幸福追求権(憲法13条)プライバシー権など

憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

憲法13条(幸福追求権)は、上記の通り、非常に抽象的で分かりにくい内容です。

しかし、このように抽象的な内容であるがゆえに、社会・経済の変動によって生じた様々問題に対して法的に対応することが可能であるのも事実です。

その結果、憲法13条(幸福追求権)は、憲法に列挙されていない新しい人権の根拠となる一般的かつ包括的な権利であり、この幸福追求権によって基礎づけられている個々の権利は裁判上の救済を受けることができる具体的権利(憲法上保障される権利)であると解されています。

幸福追求権の内容

幸福追求権については、憲法13条後段において「生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利」として保障しています。
つまり、具体的に、憲法で保障されているということです。
その具体的な権利の内容については、2つの考え方(一般的行為自由説人格的利益説)があります。

  • 一般的行為自由説あらゆる生活領域に関する行為の自由を保障するという考え方
  • 人格的利益説:個人の人格的生存に不可欠な行為の自由を保障するという考え方(通説)

幸福追求権から導きだされる具体的な人権

幸福追求権から導き出される具体的な権利は、プライバシーの権利、環境権、日照権等色々ありますが、最高裁の判例で、「プライバシーの権利としての肖像権」については、憲法上保障される権利としています(最大判昭44.12.24:京都府学連事件)。

この幸福追求権については、判例を押さえることが行政書士に合格するために重要となってきますので、判例を勉強してきましょう!

プライバシー権の2つの側面

プライバシー権利は、「消極的な権利としての側面」と「積極的な権利としての側面」2つの側面を持っています。

  • 消極的側面:受動的な権利で、誰かに侵害されたときに損害賠償などをすることができる権利を言います。
  • 積極的側面:能動的な権利(自分の情報をコントロールする権利)で、積極的に情報公開や削除などを求める権利を言います。

幸福追求権に関する重要判例

  • デモ隊の大学生Xは、「行進隊列は4列縦隊とすること」という条件付きで許可をもらって、デモ隊を誘導していた。その後、機動隊ともみあいになって、隊列が崩れた。これを許可条件に違反すると判断して、警察官は、デモ隊を写真で撮影した。この撮影行為は、肖像権を侵害するではないかということで争いになった。これについて、最高裁は、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し許されない」として、プライバシーの権利としての肖像権を憲法上保障される権利と認めた。(最大判昭44.12.24:京都府学連事件
  • アメリカ人Xが、日本で新規の外国人登録をしようとした。その登録の際に、提出書類に指紋押なつを拒否したため、外国人登録法違反で起訴された。これに対して、指紋押捺制度は憲法13条に違反すると主張して、争われた。最高裁は、「何人も個人の私生活上の自由の一つとしてみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有し、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、憲法一三条の趣旨に反し許されない。」として、プライバシー権を憲法上保障される権利として認めた。(最判平7.12.15:指紋押捺拒否事件
  • Xが会社Yを解雇され、XはYを相手に、解雇は不当だと争った。Yの弁護士は、弁護士会を通じて京都市伏見区役所にXの前科・犯罪経歴の照会を行った。それに対して、区長は、前科・犯罪経歴を回答した。Xは、この区長の「前科・犯罪経歴を回答した事実」がプライバシー権侵害にならないかが争った。これに対して、最高裁は、「前科及び犯罪経歴は、人の名誉・信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する。」また、「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。」とし、区長の照会の違法性を認めた。(最判昭56.4.14:前科照会事件)
  • 傷害致死事件の犯人Xを題材にしたノンフィクション小説「逆転」の中に実名で記された人物Xが、プライバシーの権利を侵害されたとして、慰謝料を請求し、争われた。最高裁は 「前科等に関わる事実を公表されないことは、法的保護に値する利益を有する」とし、「前科等にかかわる事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するときは、Xは、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができる。」とした。(最判平6.2.8:ノンフィクション「逆転」事件
  • 宗教上の理由で輸血を拒否していたエホバの証人の信者が、手術の際に無断で輸血を行った医師、病院に対して損害賠償を求め、争われた。最高裁は「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。」とした。(最判平12.2.29:エホバの証人輸血拒否事件
  • 民法750条では、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と夫婦の姓は同じにするように規定しています。これに対して、夫婦同姓の強制(氏の変更を強制されない自由)は憲法13条の権利として保障される人格権の一内容である「氏の変更を強制されない自由」を不当に侵害しているのではないかと争われた。この点について、最高裁は、「氏に,名とは切り離された存在として社会の構成要素である家族の呼称としての意義があることからすれば、氏が、親子関係など一定の身分関係を反映し、婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは、その性質上予定されているといえる。この氏の性質等に鑑みると、婚姻の際に氏の変更を強制されない自由が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない」として、本件規定は憲法13条に違反するものではないとした。(最大判平27.12.16:夫婦別姓訴訟)

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