テキスト

麹町中学校内申書事件をわかりやすく解説|思想良心の自由と内申書

論点

  1. 内申書に「生徒が政治的行為をした旨」を記載することは、憲法19条(思想、良心の自由)に違反しないか?
  2. 上記記載は、憲法21条(表現の自由)に違反しないか?
  3. 上記記載は、憲法13条(プライバシー権の侵害)に違反しないか?

事案

Xは、東京都千代田区立麹町中学校を卒業し、高校受験をしたが、すべて不合格となった。

Xの調査書(内申書)の『行動および性格の記録』の欄には、C評価(最も悪い評価)が付されており、特記事項欄に「中学校在学中に政治活動をした旨(※)」の記載があった。

これに対しXは、高校受験不合格の原因は上記調査書の記載にあるとして、千代田区および東京都に対して、慰謝料の支払いを求める損害賠償請求を提起した。

※特記事項欄の詳細:「校内において麹町中学全共闘を名乗り、機関紙【砦】を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで、他校生徒とともに校内に乱入して、ビラ撒きを行った。大学生ML派(政治活動団体)の集会に参加している。学校側の指導説得を聞かず、ビラを配り、落書きをした。」

判決

内申書に「生徒が政治的行為をした旨」を記載することは、憲法19条(思想、良心の自由)に違反しないか?

憲法19条に違反しない

本件調査書(内申書)の記載は、Xの思想信条そのものを記載したものではないことは明らかであり、記載に関する外部的行為(行動)によっては、Xの思想、信条を了知し得るものではない(はっきり知ることはできない)。

また、Xの思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができない。

したがって、本件調査書の記載は、憲法19条(思想・良心の自由)に反するとはいえない、とした。

上記記載は、憲法21条(表現の自由)に違反しないか?

憲法21条に違反しない

「ビラの配布や落書き」は、中学校における学習とは全く関係ないものであり、「ビラの配布や落書き」を自由とすることは、中学校における教育環境に置く影響を及ぼす等、学習効果をあげる上において、放置できない弊害を発生させる相当の蓋然性(確実性・確かさ)があるものということができる。

そのため、このような弊害を未然に防止するために、①上記行為をしないよう指導説得することはもちろん、「②生徒会規則において、生徒の校内における文書の配布を学校当局の許可にかからしめ、その許可のない文書の配布を禁止すること」は、必要かつ合理的な範囲の制約であり、憲法21条(表現の自由)に違反しない

上記記載は、憲法13条(プライバシー権の侵害)に違反しないか?

憲法13条に違反しない

本件調査書による情報の開示は、入学選抜に関する特定小範囲の人に対するものであって、情報の公開には該当しない

したがって、本件調査書による記載は、Xのプライバシー権を侵害せず憲法13条後段(生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする)には反しない。

苫米地事件をわかりやすく解説|統治行為論と衆議院解散の合憲性

論点

  1. 衆議院解散の効力について、司法審査が及ぶか?

事案

昭和27年、吉田内閣は、憲法7条に基づいて、衆議院の解散を強行した。この解散によって議員の資格を失った苫米地義三氏Xは、当該解散の無効を前提として、国Yを被告として、衆議院議員としての資格確認と任期満了までの歳費請求の訴えを提起した。

憲法第7条(天皇の国事行為)
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
3号 衆議院を解散すること。

判決

衆議院解散の効力について、司法審査が及ぶか?

及ばない

日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとし(憲法76条1項)、

また裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(裁判所法3条1項)、

これによって、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せず、いわゆる概括的に司法裁判所の管轄に属するものとし、さらに憲法は一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限(違憲審査権)を裁判所に与えた(憲法81条)

結果として、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めてすべて裁判所の裁判権に服することとなる。

しかし、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。

国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にある。

そして、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為の判断は、主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられている

ここで、衆議院の解散は、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為である。

したがって、裁判所の審査権の外にある(裁判所による司法審査は及ばない)。

統治行為論が問題となった主要判例の比較

行政書士試験では、統治行為論に関連する判例の違いが問われます。苫米地事件と砂川事件を中心に、司法審査の及ぶ範囲の違いを整理しましょう。

判例 争点 司法審査 判旨のポイント
苫米地事件(最大判昭35.6.8) 衆議院解散の効力 及ばない 高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあり、最終的には国民の政治判断に委ねられる
砂川事件(最大判昭34.12.16) 日米安保条約の合憲性 原則及ばない 高度の政治性を有する条約は、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査の対象外

試験対策:両判例の決定的な違い

  • 苫米地事件=統治行為論を正面から採用し、司法審査を完全に排除した
  • 砂川事件=「一見極めて明白に違憲無効」の場合は例外的に審査可能とする留保付きの判断(統治行為論の変形)
  • 両判例とも、司法権の限界として三権分立の観点から判断している点は共通

択一式では「砂川事件は司法審査を完全に否定した」という誤りの選択肢が頻出します。砂川事件には例外の留保がある点を正確に押さえておきましょう。

薬事法距離制限違憲判決をわかりやすく解説|職業の自由と規制目的二分論

論点

  1. 薬事法距離制限は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

事案

Xは、薬局開設の許可申請を行ったが、広島県知事Yは、薬事法と県条例の定める薬局等の配置基準に適合しないとして、不許可処分をした。

そこで、Xは、距離制限を定める薬事法6条2項および県条例が、憲法22条1項に違反する等と主張して、不許可処分の取消訴訟を提起した。

※薬事法(改正前)では、「薬局の配置の場所が配置の適正を欠くと認められう場合は、許可を与えない。また、配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給うを図ることができるように、都道府県が条例で定めるものとし、その制定にあたっては、人口、交通事情その他調剤および医薬品の需要に影響を与える各般の事情を考慮するものとする。」と規定されていた。

そして、広島県条例では、既存薬局からおおむね100mとの距離制限を設けていた。

規制目的二分論の比較表|消極目的 vs 積極目的

薬事法距離制限事件を理解するうえで不可欠なのが、規制目的二分論です。最高裁は、職業の自由に対する規制を「消極目的規制」と「積極目的規制」に分類し、それぞれ異なる違憲審査基準を適用しています。試験では両者の比較が頻出するため、以下の表で整理しておきましょう。

比較項目 消極目的規制 積極目的規制
規制の目的 国民の生命・健康・安全への危険防止(警察的規制) 社会的・経済的弱者の保護、福祉国家的政策の実現
違憲審査基準 厳格な合理性の基準:より緩やかな規制手段で目的を達成できないか裁判所が審査 明白性の原則:規制が著しく不合理であることが明白な場合のみ違憲
司法審査の厳しさ 厳しい(裁判所が代替手段まで検討) 緩やか(立法裁量を広く尊重)
代表判例 薬事法距離制限事件(最大判昭50.4.30)→違憲 小売市場距離制限事件(最大判昭47.11.22)→合憲
判断のポイント 薬局の偏在と不良医薬品供給の因果関係に合理的根拠なし 小売商の共倒れ防止という立法目的は著しく不合理とはいえない

試験対策のポイント:同じ「距離制限」でも、薬事法は消極目的として違憲、小売市場は積極目的として合憲と結論が分かれます。規制目的の分類が審査基準の選択を左右し、結論を決定づける点を押さえておきましょう。

判決

薬事法距離制限は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

違反している(違憲)

一般に許可制は職業の自由に対する強力な制限であるから、合憲といえるためには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが消極目的規制である場合には、より緩やかな制限である職業活動の内容および態様に対する規制によっては目的を十分に達成できないことを要する

本件薬局の適正配置規制は、国民の生命および健康に対する危険の防止という消極目的のための規制措置であり、目的自体は重要な公共の利益といえる。

しかし、「薬局の偏在→競争激化→一部薬局等の経営の不安定→不良医薬品の供給の危険」という因果関係は、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたく、本適正配置規制の必要性と合理性を肯定するに足りない

したがって、薬事法6条2項および県条例は、憲法22条1項に違反し、無効である。

余目町個室付浴場事件をわかりやすく解説|信頼の保護・権利濫用

【図解】余目町個室付浴場事件の流れ

この事件は、適法に営業準備を進めた事業者に対し、行政が別の認可処分を利用して営業を阻止した点が争われました。まず時系列を押さえましょう。

  • ①建築確認・営業許可の取得:有限会社Xが土地を購入し、建築確認を受けて個室付浴場の建物を完成。営業許可も取得済み。
  • ②地元住民の反対運動:開業に反対する住民運動が発生。余目町と山形県Yが開業阻止策を検討。
  • ③児童遊園の認可(阻止策の実行):風営法の「児童福祉施設から200m以内は営業禁止」規定を利用し、近隣の無認可児童遊園に認可を付与。
  • ④営業不能→業務停止処分:認可により風営法上の営業禁止区域となり、Xは開業できない状態に。それでも営業を開始したため業務停止処分を受けた。
  • ⑤国家賠償請求へ:取消訴訟の係属中に停止期間が経過し、国家賠償請求訴訟に変更。

最高裁は、③の児童遊園認可が行政権の著しい濫用に当たり違法と判断しました。適法な許可を受けた事業者の信頼の保護と、行政による権利濫用の限界を示す重要判例です。

論点

  1. 個室付き浴場の開業阻止のために、知事が行った児童園設置認可処分は国家賠償法上の違法となるか?

事案

有限会社Xは、個室付浴場業(ソープランドや風俗店)を営むために、山形県余目町(あまるめまち)に土地を購入し、個室付浴場業用の建物の建築確認の申請をし、建築確認を得た上で、建物の建築を完成させた。

また、個室付浴場業の営業許可についても、Xは受けていた。

ところが、当該個室付浴場業の建築に反対した地元住民から反対運動が起こったため、余目町と山形県Yは、個室付浴場業の開業を阻止するための方策を考えた。

その方策は、風俗営業等取締法(風営法)に「児童福祉施設から200m以内では、個室付浴場業の営業を禁止する」という法律を利用することであった。

当該個室付浴場から200m以内にある無認可の児童遊園があり、この児童遊園について、認可を与えた。

これにより、上記風営法により、Xは、当該個室付浴場業を開業できなくなった。

それにも関わらず、Xは個室付浴場業の営業を開始したため、Xは業務停止処分を受けた。

そこで、Xは、処分の取消訴訟を提起したが、訴訟係属中に、営業停止処分期間が経過したため、Yを被告として、国家賠償請求の訴えに変更した。

判決

個室付き浴場の開業阻止のために、知事が行った児童園設置認可処分は国家賠償法上の違法となるか?

→違法

本件児童遊園設置の認可処分は、行政権の著しい濫用によるものとして違法である。

関連する判例

最判昭53.6.16:余目町個室付浴場事件(行政権の濫用に相当する違法な行政処分に公定力はない)

北方ジャーナル事件をわかりやすく解説|事前差止めと表現の自由

論点

  1. 裁判所による出版物の仮処分による差止めが検閲にあたるか?
  2. 出版物頒布などの事前差止めの実体的要件は?
  3. 出版物頒布などの事前差止めの手続き要件は?
  4. 本件事前差止めは違憲か?

事案

Yは、北海道知事選挙に立候補を予定していた。

雑誌「北方ジャーナル」の代表取締役Xは、Yに関する「ある権力主義者の誘惑」というタイトルの記事を執筆し、印刷の準備をしていた。当該記事は、全体にわたってYの名誉を毀損する記載であり、それを知ったYは、名誉権の侵害を防止するために、「印刷・製本および販売、頒布」の禁止を命ずる仮処分を札幌地裁に申請した。

同地裁はXからの審尋(意見陳述の機会)を行うことなく申請を相当と認め、即日仮処分の決定を行った。

それに対し、Xは、Yの仮処分申請、裁判官の仮処分の決定により、逸失利益等2025万円の損害を受けたとして、Yおよび国を相手に不法行為に基づき損害賠償請求の訴えを提起した。

逸失利益本来得られるべきであるにもかかわらず、債務不履行や不法行為が生じたことによって得られなくなった利益を指す。

事前差止めが認められる3つの要件【まとめ】

北方ジャーナル事件で最高裁が示した判断枠組みでは、公的人物に対する表現行為の事前差止めは原則として許されません。ただし、以下の3要件をすべて満たす場合に限り、例外的に事前差止めが認められるとされています。

  • 表現内容が真実でないことが明白であること――記事や出版物の内容が事実に反していることが、証拠上明らかである必要があります。単なる疑いや争いがある程度では足りません。
  • もっぱら公益を図る目的でないことが明白であること――当該表現が公共の利害に関する正当な報道・批判ではなく、私的な攻撃や中傷を目的としていることが客観的に明らかでなければなりません。
  • 被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること――事後的な損害賠償や名誉回復措置では救済しきれないほどの深刻な被害が生じる具体的危険性が認められる場合に限られます。

この3要件は、表現の自由(憲法21条1項)を最大限保障しつつ、名誉権との調整を図るために設定された厳格な基準です。行政書士試験では、各要件の内容だけでなく「すべて充足しなければ差止めは許されない」という点が問われるため、正確に押さえておきましょう。

判決

裁判所による出版物の仮処分による差止めが検閲にあたるか?

→あたらない

「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す。

そして、裁判所の仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なる。
つまり、行政権が主体となって行っていない

よって、『検閲』には当たらないとした。

出版物頒布などの事前差止めの実体的要件は?

事前抑制に該当し、とりわけ、対象が公的人物に対する表現行為である場合は、原則として事前差止めは許されない。例外として、①その表現内容が真実でなく、またはそれがもっぱら公益に図る目的のものでないことが明白であり、かつ②被害者が重大にして著しく回復困難な被害を被る恐れがあるときに限り、事前差止めが許される。

裁判所による差止命令が検閲に当たらないとしても、憲法21条1項(表現の自由)に違反しないかが問題となる。

まず、表現行為に対する事前抑制は、公の批判の機会を減少させ、規制の範囲が広汎にわたりやすく、濫用のおそれがある上、抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きい。

したがって、表現行為に対する事前抑制は、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる。(=できるだけ表現の自由を保障するということ)

そして、出版物頒布などの事前差止めは事前抑制に該当し、その対象が公的立場にある者に対する表現行為に関する者である場合には、公共の利害に関する事項であるため、憲法上、表現の自由により特に保障されるべきである。

そのため、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されない。

ただし、例外的に、①その表現内容が真実でなく、またはそれがもっぱら公益に図る目的のものでないことが明白であり、かつ②被害者が重大にして著しく回復困難な被害を被る恐れがあるときに限り、事前差止めが許される。

出版物頒布などの事前差止めの手続き要件は?

原則として、口頭弁論または債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えるべきである。

事前差止めを求める場合、もっぱら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者審尋を必要とせず、立証も疎明で足りるとすることは、表現の自由を確保する上で、その手続的保障として不十分である。

したがって、原則、口頭弁論または債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えるべきである。

ただし、例外として、上記実体的要件を満たすとき(上記例外的に事前抑制が許される場合)は、口頭弁論または債務者の審尋は不要である。

本件事前差止めは違憲か?

→違憲ではない(合憲)

本件の記事は、実体的要件を満たし(上記例外的に事前抑制が許される場合に該当し)、手続的要件も満たしている(口頭弁論または債務者の審尋は不要)ため、仮処分は合憲である。

司法権とは?範囲・限界をわかりやすく解説|行政書士試験

司法権とは、具体的な争訟について法を適用し解決する国家作用です。憲法76条により最高裁判所と下級裁判所に帰属し、立法権・行政権と並ぶ三権の一つとして、国民の権利救済を担います。

ただし司法権は万能ではなく、裁判所が審理できる範囲(司法権の範囲)審理が及ばない領域(司法権の限界)が判例で明確に線引きされています。行政書士試験では、警察予備隊訴訟や富山大学事件など司法権の限界に関する判例が繰り返し出題されるため、「どこまでが法律上の争訟か」「なぜ裁判所は判断を避けるのか」という視点で整理することが得点に直結します。

本記事では、司法権の定義・具体的争訟の要件・司法権の限界とその重要判例を、試験対策の観点からわかりやすく解説します。

憲法76条
すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

司法権とは?

司法権とは、具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって争訟を裁定する国家の作用のことを言います。分かりやすく言えば、具体的な事件について、法律を使って解決する行為のことです。

具体的な争訟とは?

そして、具体的な争訟を「法律上の争訟」という言い方をしますが、「①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であって「②法律を適用することによって終局的な解決をすることができるもの」です。

例えば、あなたが、Aさんに100万円を貸して返してくれないため、裁判をしようとしたとします。この場合、あなたは、Aさんに対して「100万円を返してもらう権利」があります。つまり、上記①を満たします。そして、お金の貸し借りについて、民法という法律を使えば、解決できます。そのため②も満たします。したがって、これは、具体的な争訟と言えるわけです。

具体的な争訟に当たらない事例(判例)

下記判例の通り、「具体的事件性がなく抽象的な事件」「宗教の対象の価値、宗教上の教義の判断、宗教上の地位の確認」については、具体的な争訟(法律上の争訟)に当たらないとして、司法権が及びません。(却下される)

  • 自衛隊の前進である警察予備隊の設置について、当時の日本社会党の代表者Xが、警察予備隊の設置及び維持は、憲法9条に反するとして、国に対して無効確認の訴えを提起した。これに対して最高裁は、
    「わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり、そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする」として、上記でも解説した通り、裁判で審理するためには、具体的な争訟である必要があるということです。また、
    「裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない。」として、将来的にそのような論争が起こり得るとしても、抽象的なことを判断する権限は裁判所にはない、としています。さらに、
    「わが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所が、かような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。」として、裁判所が違憲立法審査権を行使するには、実際に起こった具体的な争訟事件が必要ということです。言い換えると、わが国は、「付随的違憲審査制」を採用している、と判旨しています。
    結局のところ、今回の訴えについては、具体的な争訟に当たらないとして、却下されました。(最大判昭27.10.8:警察予備隊訴訟
  • 国家試験の合格、不合格の判定は、司法審査の対象となるかについて、最高裁は「国家試験の合格・不合格の判定は、学問・技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、試験実施機関の最終判断に委ねられる」として、法令を適用することによって解決することができない事案なので、裁判の対象とはなり得ないとしました。(最判昭41.2.8:技術士国家試験事件)
  • 創価学会の本尊である「板曼荼羅(いたまんだら)」を安置するために「正本堂」を建築しようと、創価学会が、会員に建築費の寄付を募りました。
    寄付をした創価学会の会員は「板まんだらは偽物だ」として、寄付金の贈与の錯誤無効を主張し不当利得の返還を請求した。
    これに対して最高裁は「本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値または宗教上の教義に関する判断は、錯誤無効による不当利得の返還請求を認めるか否かの前提条件にとどまっているとされているが、実際、問題、信仰の対象の価値等に対する判断が、本件を判断する上で必要不可欠なものと認められ、本件訴訟の争点および当事者の主張立証もこの判断に関するものがその核心となっていると認められることからすれば、結局、本件の訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう『法律上の争訟』にあたらない」とした。(最判昭56.4.7:板まんだら事件

司法権の限界

具体的な争訟であったとしても、「他の権利との関係」や「制度上の理由」から裁判所が判断を回避する場合があります。これを司法権の限界と言います。

憲法に規定された限界

下記については、裁判所による司法権は及びません。(裁判所は裁判をしない)

国際法上の限界

例えば、「外交使節の裁判権免除」。外国から日本に派遣された外交官が犯罪を犯した場合、日本の裁判所で裁判をせず、派遣元の国で裁判を行います。

憲法解釈上の限界

天皇と民事裁判権

天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であることにかんがみ、天皇には民事裁判権は及ばない。(最判平元.11.20)

自律権の問題

自律権とは、懲罰や議事手続きなど、国会や各議院の内部事項について自主的に決定できる権能を言います。

議院の自律権はこちら>>

憲法上、国会等に与えられた自律権については、それぞれの組織が決定権を持っているため、司法権は及びません。(最大判昭37.3.7:警察法改正無効事件

ただし、「議院の除名処分」「出席停止処分」は司法審査が及びます。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件)(最大判令2.11.25:地方議会議員出席停止事件

裁量行為

憲法が、立法権や行政権に対して一定の裁量を認めている場合があります。裁量の範囲内の行為については当か・不当かが問題になるだけで、違法性は問いません。そのため、原則、裁判所は審査できません。

統治行為(政治行為)

統治行為とは、高度な政治性のある国家行為で、例えば、「衆議院の解散行為」です。これは、国会等の判断を尊重すべきところなので、裁判所の審査は及びません。(最大判昭34.12.16:砂川事件最大判昭35.6.8:苫米地事件

部分社会の法理

部分社会の法理とは、ある団体内部の紛争で、団体の自立的な判断を尊重すべきとして、司法審査が及ばない考えを言います。ただし、一般市民秩序と直接関係する問題に対して司法審査が及びます。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件最判昭52.3.15:富山大学事件最判昭63.12.20:共産党袴田事件

司法権の限界に関する重要判例

  • 1954年(昭和29年)に改正された新警察法について住民が法律として無効であるとして争われた。これに対して最高裁は「新警察法は両院において議決を経たものとされ、適法な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重し、議事手続に関する事実を審理してその有効無効を判断すべきでない」として司法権が及ばないとした。(最大判昭37.3.7:警察法改正無効事件
  • 地方議会が議員Xの出席停止とする懲罰を決議し、Xがこの決議の無効の確認および取消しの訴えをした。
    これに対して最高裁は「自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判による審査が適当でないものがある。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。」として、議員の出席停止処分は、議院内部の話として司法審査が及ばないとしています。
    また、一方で、
    「議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らない」として議員の除名処分については、議院内部の話ではなく、司法審査が及ぶとしています。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件
  • デモ隊員がアメリカ空軍基地内へ侵入した行為が、日米安保条約に違反された事件について、そもそも、日米安保条約が違憲ではないかと争われた。
    これに対して最高裁は「日米安保条約は高度の政治性を有するものであって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものである」として、日米安保条約は高度な政治性を有するものなので、原則、司法権が及ばないとしつつ、一見極めて明白に違憲無効であると認められる場合は、司法権が及ぶとしました。(最大判昭34.12.16:砂川事件
  • 吉田内閣時代、吉田自由党と鳩山自由党が対立しており、吉田自由党は密かに選挙の準備を進めておき、準備の整っていない鳩山派に打撃を与える目的で、抜き打ちで衆議院の解散を行った。これに対して最高裁は「衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であって、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきである」として、衆議院の解散については司法審査の対象外と判示しました。(最大判昭35.6.8:苫米地事件)
  • 富山大学のA教授が、大学から授業担当停止処分を受け、学生への代替科目履修の指示を行った。しかし、A教授は、授業担当停止処分に従わず、授業を続行し、学生Xもその授業を受け、A教授からの成績評価を受けた。しかし、学校は、Xに対して単位認定をしなかった。これに対して、Xは学校に対して単位認定するよう求めた。
    これに対して、最高裁は「自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の争訟のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当」
    また、
    「単位授与(認定)行為は、特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として、大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが相当」として、一般市民法秩序と直接関係しない単位認定は、大学内部の問題(部分社会の法理)として司法審査が及ばないとしました。(最判昭52.3.15:富山大学事件
  • 日本共産党の党員Xが、党規律違反を理由に、党から除名処分を受けた。この除名処分について、最高裁は「政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきである」とし
    さらに
    「政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねられ、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべき」とし
    政党の党員に対する除名処分は、原則、司法審査の対象とならず一般市民法秩序と直接の関係を有する場合は、例外的に司法審査の対象となる判示した。(最判昭63.12.20:共産党袴田事件

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板まんだら事件をわかりやすく解説|争点・判旨・試験ポイント

板まんだら事件とは?

板まんだら事件(最判昭56.4.7)は、宗教上の教義に関する争いが「法律上の争訟」にあたるかが問われた、司法権の限界を示すリーディングケースです。

創価学会の元会員らが「本尊である板曼荼羅は偽物だ」として寄付金の返還を求めた事件で、最高裁は「宗教上の教義の判断が不可欠な訴訟は、法令の適用による終局的解決が不可能であり、法律上の争訟にあたらない」と判示し、訴えを退けました。

行政書士試験では、「法律上の争訟」の2要件(①具体的な権利義務に関する紛争 ②法令の適用で終局的に解決可能)を正確に書けるかが頻出論点です。本記事では、事案・争点・判旨を整理し、試験で問われるポイントまで解説します。

論点

  1. 裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?
  2. 宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

裁判所法3条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

事案

創価学会Yの元会員であるXらは、創価学会の本尊である「板曼荼羅(いたまんだら)」を安置するための「正本堂」建築のために、Yに対して金員を寄付した。

Xらは「板まんだらは偽物だ」として、寄付金の贈与の錯誤無効を主張し、不当利得に基づく寄付金の返還を請求する訴えを提起した。

判決

裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?

→「法律上の争訟」とは、①当事者間の具体的な「権利義務ないし法律関係」の存否に関する紛争であってかつ、②それが法令の適用に終局的に解決することができるものをいう。

宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

→あたらない

本件訴訟は、上記①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争である。

しかし、宗教上の教義に関する判断は、本件を判断する上で必要不可欠なものと認められ、本件訴訟の争点および当事者の主張立証もこの判断に関するものがその核心となっていると認められる。

このことを踏まえると、結局、本件の訴訟は、その実質において②法令の適用による終局的な解決の不可能なものである。

したがって裁判所法3条にいう「法律上の争訟」にあたらない

牽連性(けんれんせい)とは?商人間の留置権との関係をわかりやすく解説|行書塾

商法第521条(商人間の留置権)
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。

ここでのポイントは3つです。

  1. 被担保債権は、商行為の取引によって生じた債権である
  2. 商行為により留置した留置物は、債務者所有である
  3. 「1の被担保債権」と「2の留置物」は同じ取引のものでなくてもよい

例えば、中古車の販売店Aが、車の修理業者BにA所有の車の修理を依頼した。その後、Bは車の修理を完了させて、Aに修理した車を引き渡した。しかし、修理代金を受け取っていない。つまり、修理業者Bは、Aに対して修理代金債権を有している(1を満たす)。

その後、中古車販売店Aが、BにA所有の別の車の修理を依頼して、Bに車を引き渡した。この場合、AB間の修理に関する契約は、商行為であり、Bが留置している車は、債務者A所有です(2を満たす)。

上記「Bの修理代金債権」と「現在Bが留置している車」は同じ取引ではありません。

これを「被担保債権と留置物との間に牽連性はない」と言います。分かりやすく言えば、関連性がないということです。これは上記ポイント3より、牽連性がなくても1、2を満たしていれば、留置権は成立します。

したがって、上記の場合、修理業者Bは、Aの車を留置することが可能です。

<<商法における流質契約 | 商事売買と民事売買の違い>>

法律の留保とは?意味・種類・侵害留保説をわかりやすく解説|行書塾

法律の留保とは、行政機関が一定の行政活動を行う場合、あらかじめ法律によってその権限が定められていなければならない(法律の根拠・授権が必要)という原則です。

例えば、不動産を所有している人は、「固定資産税」が課せられます。これも、法律によって定められているから課せられるのです。

行政機関が勝手に、時計を持っている人には「時計税」を課します!といっても法律にそのようなルールは定められていないので、それはできません。

法律の留保の範囲

行政のすべての活動に「法律の留保の原則」が当てはまるかというと、色々な考え方があります。

それが、①侵害留保説、②全部留保説、③権力留保説、④重要事項留保説

①侵害留保説

行政書士試験では、この侵害留保説を覚えておきましょう!

侵害留保説とは、「国民の自由」や「財産」を侵害する行政活動のみ、法律の根拠が必要ということです。

上記事例の、税金を課す行為については、国民の財産を侵害する行政活動と言えます。そのため、法律に「〇〇税は課していいですよ!」と規定されていなければ、〇〇税を課すことができないということです。

つまり、上記「時計税」は法律に規定されていないので課すことができないということです。

②全部留保説

全ての行政活動について法律の根拠が必要という考え方です。

「国民の自由」や「財産」を侵害する行為だけでなく、侵害しない行為であっても法律の根拠が必要ということです。

この考えによると、警察官が、道案内をする場合も法律の根拠が必要ということになります。

そして、行政書士試験のレベルであれば、③権力留保説、④重要事項留保説は勉強しなくてもよいでしょう!

法律による行政の原理

法律の法規創造力 国民の権利義務に関するルールは法律のみ定めることができ、行政機関は、法律の授権なく法規を作れない
法律の優位 行政活動は法律に違反してはならず、違反したら、取消されたり、無効となる
法律の留保 一定の行政の活動が行われるためには、法律の根拠・授権が必要

行政法の一般原則

信義誠実の原則
権利濫用の禁止
比例原則
平等原則
適正手続の原則

堀木訴訟とは?わかりやすく判旨・争点を解説【生存権・憲法25条】|行書塾

堀木訴訟をわかりやすく

堀木訴訟とは、障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止が憲法25条(生存権)に違反するかが争われた裁判です。

全盲の女性・堀木フミ子さんが、障害福祉年金を受けながら児童扶養手当も申請したところ、「両方同時にはもらえない」という規定(併給禁止)を理由に却下されました。これに対し堀木さんは「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に違反すると訴えました。

最高裁は、社会保障の具体的な内容は立法府の広い裁量に委ねられているとして、併給禁止は憲法に違反しないと判断しました。この考え方は行政書士試験でも頻出の「広い立法裁量論」として重要です。

以下では、事案・争点・判旨の詳細を順に整理していきます。

論点

  1. 憲法25条1項および2項の解釈と適用について
  2. 児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

事案

X(堀木フミ子氏)は、全盲の視力障害者として、障害福祉年金を受給していた。同時に、Xは内縁の夫との間に男子を、夫との離別後、独力で養育していたので、兵庫県知事Yに対して、児童扶養手当の受給資格の認定の申請をした。

しかし、Yは、障害福祉年金を受給しているので、児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」に該当するとの理由で、申請を却下した。

さらにXは、異議申立をしたが、棄却され、Xは、児童扶養手当法4条3項3号が憲法25条(生存権)に違反するとして、「却下処分の取消し」と「手当受給資格の認定をYに義務付ける判決」を求める訴訟(義務付け訴訟)を提起した。

判決

憲法25条1項および2項の解釈と適用について

憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。
この規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。

また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
この規定は、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものである。

そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充(法令)により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである。

児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

→違反しない

憲法25条(生存権)の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。

しかも、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができない。

また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。

したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない

児童扶養手当は、もともと母子福祉年金(国民年金)を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、受給者に対する所得保障である点において、前記母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ自然である。

そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する2つ以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであっても、事故が2つ以上重なったからといって稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。

このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策上の裁量事項であり、それが低額であるからといって当然に憲法25条違反に結びつくものということはできず、本件規定は違憲ではない。

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関連ページ

>>関連判例:最大判昭42.5.24:朝日訴訟(生存権の法的権利性の有無)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権