テキスト

司法権とは?範囲・限界をわかりやすく解説|行政書士試験

司法権とは、具体的な争訟について法を適用し解決する国家作用です。憲法76条により最高裁判所と下級裁判所に帰属し、立法権・行政権と並ぶ三権の一つとして、国民の権利救済を担います。

ただし司法権は万能ではなく、裁判所が審理できる範囲(司法権の範囲)と審理が及ばない領域(司法権の限界)が判例で明確に線引きされています。行政書士試験では、警察予備隊訴訟や富山大学事件など司法権の限界に関する判例が繰り返し出題されるため、「どこまでが法律上の争訟か」「なぜ裁判所は判断を避けるのか」という視点で整理することが得点に直結します。

本記事では、司法権の定義・具体的争訟の要件・司法権の限界とその重要判例を、試験対策の観点からわかりやすく解説します。

憲法76条
すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

司法権とは?

司法権とは、具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって争訟を裁定する国家の作用のことを言います。分かりやすく言えば、具体的な事件について、法律を使って解決する行為のことです。

具体的な争訟とは?

そして、具体的な争訟を「法律上の争訟」という言い方をしますが、「①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であって「②法律を適用することによって終局的な解決をすることができるもの」です。

例えば、あなたが、Aさんに100万円を貸して返してくれないため、裁判をしようとしたとします。この場合、あなたは、Aさんに対して「100万円を返してもらう権利」があります。つまり、上記①を満たします。そして、お金の貸し借りについて、民法という法律を使えば、解決できます。そのため②も満たします。したがって、これは、具体的な争訟と言えるわけです。

具体的な争訟に当たらない事例(判例)

下記判例の通り、「具体的事件性がなく抽象的な事件」「宗教の対象の価値、宗教上の教義の判断、宗教上の地位の確認」については、具体的な争訟(法律上の争訟)に当たらないとして、司法権が及びません。(却下される)

  • 自衛隊の前進である警察予備隊の設置について、当時の日本社会党の代表者Xが、警察予備隊の設置及び維持は、憲法9条に反するとして、国に対して無効確認の訴えを提起した。これに対して最高裁は、
    「わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり、そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする」として、上記でも解説した通り、裁判で審理するためには、具体的な争訟である必要があるということです。また、
    「裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない。」として、将来的にそのような論争が起こり得るとしても、抽象的なことを判断する権限は裁判所にはない、としています。さらに、
    「わが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所が、かような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。」として、裁判所が違憲立法審査権を行使するには、実際に起こった具体的な争訟事件が必要ということです。言い換えると、わが国は、「付随的違憲審査制」を採用している、と判旨しています。
    結局のところ、今回の訴えについては、具体的な争訟に当たらないとして、却下されました。(最大判昭27.10.8:警察予備隊訴訟)
  • 国家試験の合格、不合格の判定は、司法審査の対象となるかについて、最高裁は「国家試験の合格・不合格の判定は、学問・技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、試験実施機関の最終判断に委ねられる」として、法令を適用することによって解決することができない事案なので、裁判の対象とはなり得ないとしました。(最判昭41.2.8:技術士国家試験事件)
  • 創価学会の本尊である「板曼荼羅(いたまんだら)」を安置するために「正本堂」を建築しようと、創価学会が、会員に建築費の寄付を募りました。
    寄付をした創価学会の会員は「板まんだらは偽物だ」として、寄付金の贈与の錯誤無効を主張し不当利得の返還を請求した。
    これに対して最高裁は「本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値または宗教上の教義に関する判断は、錯誤無効による不当利得の返還請求を認めるか否かの前提条件にとどまっているとされているが、実際、問題、信仰の対象の価値等に対する判断が、本件を判断する上で必要不可欠なものと認められ、本件訴訟の争点および当事者の主張立証もこの判断に関するものがその核心となっていると認められることからすれば、結局、本件の訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう『法律上の争訟』にあたらない」とした。(最判昭56.4.7:板まんだら事件)

司法権の限界

具体的な争訟であったとしても、「他の権利との関係」や「制度上の理由」から裁判所が判断を回避する場合があります。これを司法権の限界と言います。

憲法に規定された限界

下記については、裁判所による司法権は及びません。(裁判所は裁判をしない)

国際法上の限界

例えば、「外交使節の裁判権免除」。外国から日本に派遣された外交官が犯罪を犯した場合、日本の裁判所で裁判をせず、派遣元の国で裁判を行います。

憲法解釈上の限界

天皇と民事裁判権

天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であることにかんがみ、天皇には民事裁判権は及ばない。(最判平元.11.20)

自律権の問題

自律権とは、懲罰や議事手続きなど、国会や各議院の内部事項について自主的に決定できる権能を言います。

議院の自律権はこちら>>

憲法上、国会等に与えられた自律権については、それぞれの組織が決定権を持っているため、司法権は及びません。(最大判昭37.3.7:警察法改正無効事件)

ただし、「議院の除名処分」「出席停止処分」は司法審査が及びます。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件)(最大判令2.11.25:地方議会議員出席停止事件)

裁量行為

憲法が、立法権や行政権に対して一定の裁量を認めている場合があります。裁量の範囲内の行為については当か・不当かが問題になるだけで、違法性は問いません。そのため、原則、裁判所は審査できません。

統治行為(政治行為)

統治行為とは、高度な政治性のある国家行為で、例えば、「衆議院の解散行為」です。これは、国会等の判断を尊重すべきところなので、裁判所の審査は及びません。(最大判昭34.12.16:砂川事件、最大判昭35.6.8:苫米地事件)

部分社会の法理

部分社会の法理とは、ある団体内部の紛争で、団体の自立的な判断を尊重すべきとして、司法審査が及ばない考えを言います。ただし、一般市民秩序と直接関係する問題に対して司法審査が及びます。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件、最判昭52.3.15:富山大学事件、最判昭63.12.20:共産党袴田事件)

司法権の限界に関する重要判例

  • 1954年(昭和29年)に改正された新警察法について住民が法律として無効であるとして争われた。これに対して最高裁は「新警察法は両院において議決を経たものとされ、適法な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重し、議事手続に関する事実を審理してその有効無効を判断すべきでない」として司法権が及ばないとした。(最大判昭37.3.7:警察法改正無効事件)
  • 地方議会が議員Xの出席停止とする懲罰を決議し、Xがこの決議の無効の確認および取消しの訴えをした。
    これに対して最高裁は「自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判による審査が適当でないものがある。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。」として、議員の出席停止処分は、議院内部の話として司法審査が及ばないとしています。
    また、一方で、
    「議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らない」として議員の除名処分については、議院内部の話ではなく、司法審査が及ぶとしています。(最大判昭35.10.19:地方議会議員懲罰事件)
  • デモ隊員がアメリカ空軍基地内へ侵入した行為が、日米安保条約に違反された事件について、そもそも、日米安保条約が違憲ではないかと争われた。
    これに対して最高裁は「日米安保条約は高度の政治性を有するものであって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものである」として、日米安保条約は高度な政治性を有するものなので、原則、司法権が及ばないとしつつ、一見極めて明白に違憲無効であると認められる場合は、司法権が及ぶとしました。(最大判昭34.12.16:砂川事件)
  • 吉田内閣時代、吉田自由党と鳩山自由党が対立しており、吉田自由党は密かに選挙の準備を進めておき、準備の整っていない鳩山派に打撃を与える目的で、抜き打ちで衆議院の解散を行った。これに対して最高裁は「衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であって、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきである」として、衆議院の解散については司法審査の対象外と判示しました。(最大判昭35.6.8:苫米地事件)
  • 富山大学のA教授が、大学から授業担当停止処分を受け、学生への代替科目履修の指示を行った。しかし、A教授は、授業担当停止処分に従わず、授業を続行し、学生Xもその授業を受け、A教授からの成績評価を受けた。しかし、学校は、Xに対して単位認定をしなかった。これに対して、Xは学校に対して単位認定するよう求めた。
    これに対して、最高裁は「自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の争訟のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当」
    また、
    「単位授与(認定)行為は、特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として、大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが相当」として、一般市民法秩序と直接関係しない単位認定は、大学内部の問題(部分社会の法理)として司法審査が及ばないとしました。(最判昭52.3.15:富山大学事件)
  • 日本共産党の党員Xが、党規律違反を理由に、党から除名処分を受けた。この除名処分について、最高裁は「政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきである」とし
    さらに
    「政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねられ、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべき」とし
    政党の党員に対する除名処分は、原則、司法審査の対象とならず、一般市民法秩序と直接の関係を有する場合は、例外的に司法審査の対象となる判示した。(最判昭63.12.20:共産党袴田事件)

<<内閣の権能 | 司法権の独立>>

板まんだら事件をわかりやすく解説|争点・判旨・試験ポイント

板まんだら事件とは?

板まんだら事件(最判昭56.4.7)は、宗教上の教義に関する争いが「法律上の争訟」にあたるかが問われた、司法権の限界を示すリーディングケースです。

創価学会の元会員らが「本尊である板曼荼羅は偽物だ」として寄付金の返還を求めた事件で、最高裁は「宗教上の教義の判断が不可欠な訴訟は、法令の適用による終局的解決が不可能であり、法律上の争訟にあたらない」と判示し、訴えを退けました。

行政書士試験では、「法律上の争訟」の2要件(①具体的な権利義務に関する紛争 ②法令の適用で終局的に解決可能)を正確に書けるかが頻出論点です。本記事では、事案・争点・判旨を整理し、試験で問われるポイントまで解説します。

論点

  1. 裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?
  2. 宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

裁判所法3条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

事案

創価学会Yの元会員であるXらは、創価学会の本尊である「板曼荼羅(いたまんだら)」を安置するための「正本堂」建築のために、Yに対して金員を寄付した。

Xらは「板まんだらは偽物だ」として、寄付金の贈与の錯誤無効を主張し、不当利得に基づく寄付金の返還を請求する訴えを提起した。

判決

裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?

→「法律上の争訟」とは、①当事者間の具体的な「権利義務ないし法律関係」の存否に関する紛争であって、かつ、②それが法令の適用に終局的に解決することができるものをいう。

宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

→あたらない

本件訴訟は、上記①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争である。

しかし、宗教上の教義に関する判断は、本件を判断する上で必要不可欠なものと認められ、本件訴訟の争点および当事者の主張立証もこの判断に関するものがその核心となっていると認められる。

このことを踏まえると、結局、本件の訴訟は、その実質において②法令の適用による終局的な解決の不可能なものである。

したがって裁判所法3条にいう「法律上の争訟」にあたらない。

牽連性(けんれんせい)とは?商人間の留置権との関係をわかりやすく解説|行書塾

商法第521条(商人間の留置権)
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。

ここでのポイントは3つです。

  1. 被担保債権は、商行為の取引によって生じた債権である
  2. 商行為により留置した留置物は、債務者所有である
  3. 「1の被担保債権」と「2の留置物」は同じ取引のものでなくてもよい

例えば、中古車の販売店Aが、車の修理業者BにA所有の車の修理を依頼した。その後、Bは車の修理を完了させて、Aに修理した車を引き渡した。しかし、修理代金を受け取っていない。つまり、修理業者Bは、Aに対して修理代金債権を有している(1を満たす)。

その後、中古車販売店Aが、BにA所有の別の車の修理を依頼して、Bに車を引き渡した。この場合、AB間の修理に関する契約は、商行為であり、Bが留置している車は、債務者A所有です(2を満たす)。

上記「Bの修理代金債権」と「現在Bが留置している車」は同じ取引ではありません。

これを「被担保債権と留置物との間に牽連性はない」と言います。分かりやすく言えば、関連性がないということです。これは上記ポイント3より、牽連性がなくても1、2を満たしていれば、留置権は成立します。

したがって、上記の場合、修理業者Bは、Aの車を留置することが可能です。

<<商法における流質契約 | 商事売買と民事売買の違い>>

法律の留保とは?意味・種類・侵害留保説をわかりやすく解説|行書塾

法律の留保とは、行政機関が一定の行政活動を行う場合、あらかじめ法律によってその権限が定められていなければならない(法律の根拠・授権が必要)という原則です。

例えば、不動産を所有している人は、「固定資産税」が課せられます。これも、法律によって定められているから課せられるのです。

行政機関が勝手に、時計を持っている人には「時計税」を課します!といっても法律にそのようなルールは定められていないので、それはできません。

法律の留保の範囲

行政のすべての活動に「法律の留保の原則」が当てはまるかというと、色々な考え方があります。

それが、①侵害留保説、②全部留保説、③権力留保説、④重要事項留保説

①侵害留保説

行政書士試験では、この侵害留保説を覚えておきましょう!

侵害留保説とは、「国民の自由」や「財産」を侵害する行政活動のみ、法律の根拠が必要ということです。

上記事例の、税金を課す行為については、国民の財産を侵害する行政活動と言えます。そのため、法律に「〇〇税は課していいですよ!」と規定されていなければ、〇〇税を課すことができないということです。

つまり、上記「時計税」は法律に規定されていないので課すことができないということです。

②全部留保説

全ての行政活動について法律の根拠が必要という考え方です。

「国民の自由」や「財産」を侵害する行為だけでなく、侵害しない行為であっても法律の根拠が必要ということです。

この考えによると、警察官が、道案内をする場合も法律の根拠が必要ということになります。

そして、行政書士試験のレベルであれば、③権力留保説、④重要事項留保説は勉強しなくてもよいでしょう!

法律による行政の原理

法律の法規創造力 国民の権利義務に関するルールは法律のみ定めることができ、行政機関は、法律の授権なく法規を作れない
法律の優位 行政活動は法律に違反してはならず、違反したら、取消されたり、無効となる
法律の留保 一定の行政の活動が行われるためには、法律の根拠・授権が必要

行政法の一般原則

信義誠実の原則
権利濫用の禁止
比例原則
平等原則
適正手続の原則

猿払事件とは?わかりやすく判旨・論点を解説|行書塾

猿払事件とは?【結論を30秒で理解】

猿払事件とは、国家公務員の政治活動の自由と国家公務員法の合憲性が争われた最高裁判例(最大判昭和49年11月6日)です。最高裁は、公務員の政治的行為を一律に禁止する国家公務員法102条1項および人事院規則14-7の規定について、「合理的でやむをえない限度にとどまる」として合憲と判断しました。

この判例が行政書士試験で重要とされる理由は、次の2点です。

  • 表現の自由(憲法21条)の制約が許される基準を示した代表的判例であること
  • 「合理的関連性の基準」という緩やかな違憲審査基準が用いられ、後の堀越事件(最判平成24年)で判例変更された流れまで問われること

以下では、猿払事件の事案・判旨・合憲性判定基準の3つのポイントを、行政書士試験の出題傾向に沿って整理していきます。

論点

  1. 公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?
  2. 政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

事案

Xは、北海道宗谷郡猿払村の郵便局(当時公務員)に勤務しており、一方で、猿払地区の労働組合協議会の事務局長をしていた。そして、衆議院議員選挙に際して、上記協議会の決定により、日本社会党を支持する目的をもって、同党公認の候補者のポスターを公営掲示板に掲示したほか、配布も行った。

Xの行為が国家公務員法で規定されている禁止行為に該当するとして罰金刑を受けたため、その刑を不服として提訴した。

判決

公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?

→違反しない

政治的行為は、政治的意見の表明としての面をもつから、憲法21条(表現の自由)による保障を受ける。

しかし、公務員は、「国民全体の奉仕者」であるため、政治的に一党一派に偏ることなく「中立的な立場を堅持して、職務の遂行にあたることが必要」である。

したがって、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的でやむをえない限度にとどまるもので限り、憲法の許容するところである。

つまり、政治的行為を禁止する規定について、合理的でやむをえない限度であれば、合憲である、ということです。

政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

上記の判断は、下記3点から検討されるべきである。

  1. 規制目的の正当性
  2. 目的と禁止される政治的行為との合理的関連性
  3. 政治的行為の禁止により「得られる利益」と「失われる利益」との均衡

今回の事案を上記に当てはめると

  1. 政治的行為の禁止規定は、「行政の中立的運営」と「これに対する国民の信頼を確保する」という目的であり、この目的は正当であるといえる
  2. 上記目的と、禁止規定である「特定の政党を支持したり反対したりするためのポスターの掲示や配布」は合理的関連性があるといえる
  3. 禁止規定は、意見表明(言論)そのものの制約がねらいではなく、ポスターを掲示する・配布するという行為(非言論)の制約であり、言論そのものに及ぶ制約は「間接的・付随的」なものに過ぎないため、失われる利益は小さいといえる。一方、禁止規定による公務員の政治的中立性、国民の信頼確保という得られる利益は大きいといえる。

上記理由から、政治的禁止行為の規定は違反しないといえる。

 

信教の自由とは?憲法20条の内容をわかりやすく解説【政教分離も】

憲法第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
信教の自由は、明治憲法でも規定されており、保障されていました。しかし、実際は、靖国神社を中心とする神道・神社が国教として扱われ優遇され、キリスト教のように弾圧された宗教もありました。そのような過去を踏まえて、日本国憲法では、個人の信教の自由を厚く保護しています。

信教の自由の内容

信教の自由には、下記3つがあります。下記3つは憲法20条で保障されています。
  1. 信仰の自由(特定の宗教を信じる自由、信仰を変える自由)
  2. 宗教的行為の自由(礼拝、祈祷等を行う自由、布教の自由)
  3. 宗教的結社の自由(宗教団体を設立する自由、宗教団体に加入する自由)
また、上記3つをしない自由も憲法20条によって保障されています。

信教の自由の限界

誰もが信教の自由を有することから、他人の人権と衝突することもあり得ます。そのため、上記の「宗教的行為の自由」と「宗教的結社の自由」の2つは、「公共の福祉」による制限を受ける場合があります。しかし、信教の自由は内心に関わることなので、その規制に対して、慎重でなければなりません。

公共の福祉とは?

日本国憲法は第12条の後半で次のように定めています。
憲法12条 国民は,これ(憲法で規定されている自由や権利:基本的人権)を濫用してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
つまり、分かりやすくいうと、基本的人権は自分ひとりだけのものではないので、わたしたち国民は、他人の権利を侵害するような権利の使い方(=権利の濫用)をしてはいけません。国民には,社会全体がよくなる(=公共の福祉)ように、権利を利用する責任があるということです。 よって、「公共の福祉による制限」とは、社会全体がよくなるように、権利濫用を防ぐための規制ということです。 この点については、下記「オウム真理教解散命令事件」の判例を参考にしてみてください。

信教の自由に関する重要判例

  • 学生Xは、「エホバの証人」という宗教を信仰しており、宗教上の理由から、体育の剣道実技の授業の参加を拒否し、レポート提出等の代替措置を求めました。しかし、校長らはこれを認めず、体育の成績が認定されず、2年連続で留年(原級留置処分)となり、結果として、学則に従って退学処分となった。このことについて、学校教育における信教の自由の保障が争われた。 この点について最高裁は、「学生は、信仰の核心部分と密接に関連する真しな理由から履修を拒否したものであり、他の体育種目の履修は拒否しておらず、他の科目では成績優秀であった上、右各処分は、同人に重大な不利益を及ぼし、これを避けるためにはその信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせるという性質を有するものであり、同人がレポート提出等の代替措置を認めて欲しい旨申し入れていたのに対し、学校側は、代替措置が不可能というわけでもないのに、これにつき何ら検討することもなく、右申入れを一切拒否したなど判示の事情の下においては、右各処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものというべきである。」として、レポート提出等他の手段が可能なのに、他の手段について何も検討することなく、留年・退学処分としたことは、裁量権の範囲を超え、違法だとした(最判平8.3.8.:エホバの証人剣道受講拒否事件)
  • オウム真理教は、大量殺人を目的とした地下鉄サリン事件を起こした。この事件を受けて、オウム真理教に対する解散命令が出され、この解散命令が、宗教的結社の自由に対する制限ではないかと争われた。 この点について最高裁は、「解散命令によって宗教法人が解散しても、信者は法人格を有しない宗教団体を存続させ、あるいは、新たにこれを結成することは妨げられるわけではない。すなわち、解散命令は、信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わないのである。 ・・・・解散により、これらの財産を用いて信者らが行っていた宗教上の行為を継続するのに何らかの支障を生ずることがあり得る。このように、宗教法人に関する法的規制が、信者の宗教上の行為を法的に制約する効果を伴わないとしても、これに何らかの支障を生じさせることがあるとするならば、憲法の保障する精神的自由の一つとしての信教の自由の重要性に思いを致し、憲法がそのような規制を許容するものであるかどうかを慎重に吟味しなければならない。」 として、合憲だけれども、オウム真理教の解散により、宗教上の行為に支障が生じることもあるから、制限をかける場合は、慎重に吟味する必要性を主張した。(最決平8.1.30:オウム真理教解散命令事件)
<<事前抑制と検閲(憲法21条2項) | 政教分離(憲法20条1項、3項)>>

信教の自由・政教分離に関するよくある質問

信教の自由とは?

信教の自由とは、憲法第20条で保障される基本的人権の一つで、①信仰の自由(特定の宗教を信じる・信じない自由)、②宗教的行為の自由(礼拝・祈祷・布教等の自由)、③宗教的結社の自由(宗教団体の設立・加入の自由)の3つを含みます。いずれも「しない自由」が含まれ、何人も宗教上の行為への参加を強制されません。ただし、宗教的行為の自由と宗教的結社の自由は、公共の福祉による制限を受ける場合があります。

政教分離とは?

政教分離とは、国家と宗教を分離し、国家の宗教的中立性を確保する憲法上の原則です。憲法第20条1項後段は宗教団体が国から特権を受けることや政治上の権力を行使することを禁止し、同条3項は国およびその機関による宗教教育・宗教的活動を禁止しています。さらに憲法第89条は、宗教上の組織・団体への公金支出を禁止しています。政教分離は、個人の信教の自由を間接的に保障するための制度的保障と解されており、行政書士試験でも頻出のテーマです。

最判平14.7.9:宝塚市パチンコ条例事件

論点

  1. 国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

事案

宝塚市Xの条例に「パチンコ店等の建築物を建築するためには市長の同意を必要とし、この規定に違反して建築しようとする者に対し、市長は建築の中止、原状回復その他必要な措置を講じるよう命じることができる」旨の規定があった。

宝塚市長は、上記規定に違反してパチンコ店を建築しようとするYに対して、その建築工事の中止を命じた。

しかし、Yがこれに従わなかったため、宝塚市Xは、Yに対して、建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。

判決

国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

→不適法である

行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。

そうだとすると、国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきである。

一方、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。

そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。

また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。

したがって、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。

判決文の全文はこちら>>

最判昭62.10.30:青色申告課税処分事件

論点

  1. 租税法規に適合する課税処分について信義則の法理の適用による違法を考えることができるのはどのような場合か?

事案

酒類販売業を営むAがいた。Aの養子であるXがいた。

Xは、昭和25年からAの営業するB商店の営業に従事し、昭和29年ころからは、Xが事実上中心となってB商店の業務を運営した。

昭和47年、Aの死亡に伴い、XがAを相続した。(A:被相続人、X相続人)

Aはもともと青色申告を受けており、B商店の営業により事業所得については、昭和29年から昭和45年分までA名義により青色申告がされていた。
(青色申告は、通常の申告:白色申告よりも税金が安くなる制度。ただし、その分、一定の帳簿書類を備えることが承認要件となる)

しかし、昭和46年からXが青色申告の承認を受けることなく、自己名義で青色申告書による確定申告をしたところ、税務署長Yは、Xについて青色申告の承認があるかどうかの確認を怠って申告書を受理した。

これが、昭和46年から50年まで続き、その間、Xは青色申告にかかる所得税額を納税していた。また、この間、B商店の帳簿書類の整備などは変化はなく、きちんとそろっていた。

そして、昭和51年、税務署長Yから、青色申告の承認申請がなかったことを指摘されたので、直ちに、申請をし、同年分以降についてその承認を受けた。

しかし、Yは、昭和48年と49年分は、白色申告とみなして、更正処分を行った。

そこで、Xはこの処分は、信義則に反して違法だとして、取消訴訟を提起した。

判決

租税法規に適合する課税処分について信義則の法理の適用を考えることができるのはどのような場合か?

→納税者間の平等公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免除して納税者の信頼を保護しなければ、正義に反するといえるような特別の事情がある場合、信義則の適用を考える

租税法規に適合する課税処分について、信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合はある。

そうだとしても、法律による行政の原理、特に租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の法理の適用については慎重でなければならない。

そのため、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて(免除して)納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて信義則の法理の適用の是非を考えるべきである。

そして、「特別の事情が存するかどうか」の判断に当たっては、

少なくとも、①税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、

②納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、

③のちに右表示に反する課税処分が行われ、

④そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、

また、⑤納税者が税務官庁の右表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて

納税者の責めに帰すべき事由がないかどうか

という点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。

(特別な事情があるかどうかについては、上記①~⑤を考慮しなければならない)

 

国家賠償法1条(公権力の行使に基づく賠償責任)

国家賠償法1条は、条文の内容とその判例が、行政書士の試験で問われます。そのため、条文と判例を見ていきます。個別の判例については、リンク先が具体例となっています。

国家賠償法
第一条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

国家賠償責任の法的性質

上記国家賠償法(国賠法)1条の条文の通り、公務員の職務上の行為で、他人に損害を与えた場合、国や公共団体が賠償責任を負うことになっています。つまり、本来公務員が負うべき責任を国や公共団体が代わって賠償責任を負うこととしています。これを代位責任と言います。

加害者の特定性

代位責任説によると、違法行為を行った公務員自身に損害賠償責任が生ずることが前提なので、論理的に考えると、加害者が特定できない場合、損害賠償責任を問えないことになります。しかし、被害者保護の観点から、厳密な特定までは不要としています(最判昭57.4.1:「加害行為の不特定」と「国等の損害賠償責任」)。

公共団体とは?

公共団体とは、地方公共団体(都道府県や市町村)、公共組合(土地区画整理組合、国民健康保険組合)、独立行政法人だけでなく、弁護士会も含まれます。

国家賠償法1条の要件

国賠法1条に基づく責任が生ずるための要件は、下記5つです。

  1. 公権力の行使にあたる公務員の行為であること
  2. 公務員が「職務を行うについて」行った行為であること
  3. 公務員に故意または過失があること
  4. 公務員の行為が違法であること
  5. 損害が発生したこと

上記の中において、行政書士で重要なキーワードを抜粋すると、下記6つです。これから細かく解説していきます。

  1. 公務員
  2. 公権力の行使
  3. 職務を行うについて(職務関連性)
  4. 故意または過失
  5. 違法(違法性)

公務員

公務員とは、地方公務員、国家公務員はもちろん、「公権力の行使」に当たる行為を行う民間人も含まれます。

例えば、建築確認を行う民間の指定確認検査機関による建築確認により、相手方に損害を与えてしまった場合、地方公共団体が国家賠償責任を負う判例(最判平17.6.24)があります。つまり、建築確認という公権力の行使を行う「指定確認検査機関」も「公務員」として扱っているわけです。

また、弁護士会の懲戒委員会の委員が、弁護士に対して懲戒処分する場合、当該委員は、懲戒処分という一種の公権力の行使を行っているため、当該委員を「公務員」として、弁護士会(公共団体)が賠償責任を負う判例(東京高判平19.11.29)があります。

公権力の行使

公権力の行使とは、国賠法1条では、「国家賠償法2条の対象となるもの(公の営造物の設置・管理)および私経済作用を除くすべての行政作用」を指します(判例・通説)。

分かりやすく言えば、下記2つ以外のすべての行政作用ということです。

  1. 国家賠償法2条の対象となるもの(公の営造物の設置・管理)
  2. 私経済作用

私経済作用とは?

例えば、「国公立病院が行う医療行為」や「公務員が事務用品を購入する行為」が私経済作用で、民法が適用されます。これらの行為は、私人と同等の立場で行い、公権力の行使とは言えないからです。

上記の通り、「国家賠償法2条の対象となるもの」および「私経済作用」を除くすべての行政作用なので、「行政手続法における公権力の行使」、「行政不服審査法における公権力の行使」、「行政事件訴訟法における公権力の行使」と比べて、国賠法1条の方が対象範囲が非常に広くなるわけです。

公権力の行使の具体例

国賠法1条では、下記行為も公権力の行使として損害賠償の対象となります。

  • 行政指導
  • 国公立学校・市立学校の教育活動(最判昭58.2.18、最判昭62.2.6、最判平5.2.18)
  • 国会議員による立法行為(最判昭60.11.21、最判平17.9.14)
  • 裁判所による裁判(最判昭57.3.12)
  • 「拘置所職員たる医師」による「拘留されている患者」に対する医療行為(最判平17.12.8)
  • 県から委託を受けた社会福祉法人の施設職員による養育監護行為(最判平19.1.25)

公権力の行使に該当しない場合どうなるか?

公権力の行使にあたる 国家賠償法1条の対象
公権力の行使にあたらない 民法709条(不法行為責任)の対象

職務を行うについて(職務関連性)

国賠法1条では、公務員が、職務上の行為によって、国民に損害を与えた場合を対象としているのですが、加害行為が職務で行われた場合はもちろん、職務との間に一定の関連性(職務関連性)があればよいとしています。

外形標準説(外形理論)

また、判例(最判昭31.11.30:「公務員の私利を図る目的の行為」と「国家賠償法」)では、加害行為が客観的に職務行為の外形を備えるものであればよく、実際には職務上の行為でなかったとしてもよいとしています。

このように、外見から判断して、職務行為に見える場合も「職務上の行為」として、賠償責任の対象としています。これも被害者救済の見地からきています。

故意または過失

国家賠償責任は、公務員の行った不法行為(民法709条)が前提なので、公務員の故意または過失が要件となってきます。

(不法行為による損害賠償)
民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

公務員が上記不法行為を行った場合、「公務員個人」に賠償責任を負わせるよりも「国や公共団体」に責任を負わせた方が被害者を保護できるということです。

故意とは?

民法上の故意とは、一定の侵害結果の発生を認識しながらそれを認容して行う場合(その心理状態)を言います(通説)。そして、国賠法も同様と考えてよいです。

過失とは?

過失とは、判例(最判平5.3.11:「所得税更正処分の取消し」と「国家賠償法」)では、公務員が職務上要求される注意能力を欠く場合を指します。

細かいことをいえば、客観的過失があったかどうかで判断し、主観的過失(公務員自身の注意能力を基準としている)ではないということです。

違法(違法性)

国家賠償責任は、公務員の行った不法行為(民法709条)が前提なので、公務員の違法行為が要件となってきます。

これは法令違反だけでなく、裁量の範囲を逸脱・濫用した場合(最判昭52.12.20:神戸税関事件)や社会的相当性を欠く場合(最判昭61.2.27:「パトカー追跡」と「国家賠償法」)も違法とされています。

公務員の不作為・権限不行使は違法となるか?

(最判平元.11.24:「宅建業法の免許基準」と「国家賠償法」)や(最判平7.6.23)の判例では、公務員の不作為によって、私人に損害が発生した場合も国家賠償の対象としており、また、法律上与えられた権限を行使せずに(権限不行使で)損害が発生した場合も同様に国家賠償の対象としています。

公務員に対する求償

国や公共団体が私人(国民)に対して損害賠償した場合、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償できます。

行政書士の試験対策として注意点としては、下記部分です。

  • 国等から公務員に対して求償できるが、公務員から国等に対しては求償できない
  • 公務員に故意または重過失があった場合のみ、国等は求償できるが、公務員に故意がなく、かつ、無重過失の場合は求償できない

<<国家賠償と損失補償の全体像 | 国家賠償法2条3条>>

表現の自由(憲法21条)

憲法第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
憲法19条の思想・良心の自由は、内心の自由で、 憲法21条の表現の自由は、思想や信仰等の内心を外部に発表する自由を指します。 そして、表現の自由は思想や情報を発表し、伝達する自由ですが、情報伝達には「送り手」と「受け手」が存在します。そのため、「送り手の自由」と「受け手の自由」が存在します。 「送り手の自由」には、言論・出版の自由、集会・結社の自由、報道の自由等があり 「受け手の自由」には、知る権利、アクセス権があります。

表現の自由を支える価値

「表現の自由を支える価値」とは、分かりやすく言うと、「表現の自由を保障する理由」「表現の自由で保障すべき権利」ということです。これには2つの価値(保障理由)があります。

1.自己実現の価値

個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させる個人的な価値(権利)

2.自己統治の価値

言論活動により国民が政治意思決定に関与するという民主政治に資する社会的価値 つまり、政治に参加する価値(権利)です。 上記2つの価値(権利)を保障するために表現の自由があるということです。

言論・出版の自由

言論・出版その他一切の表現の自由を保障しており、絵画、写真、映画、音楽、演劇、テレビ等、その手段を問わず広く及びます。

集会・結社の自由

集会とは、多数人がある目的のために、一定の場所に一時的に集まることを言い、集団行動の自由(デモの自由)も含みます。 結社とは、他人数がある目的のために、団体を結成することを指し、結社の自由には、具体的に3つの自由があります。
  1. 団体を結成し、それに加入する自由
  2. 団体が活動する自由
  3. 団体を結成しない自由・加入しない事由、または、脱退する自由

知る権利(憲法で保障されている)

「知る権利」には,情報受領権と情報収集権という二つの側面があり,後者にはさらに情報収集活動が公権力により妨げられないということ(消極的情報収集権)と政府に対して情報の開示を要求する(積極的情報収集権)という二つの場合が含まれます。

アクセス権(憲法で保障されていない)

アクセス権とは、「情報の受け手である国民」が、「情報の送り手であるマスメディア」に対して、個人が意見発表の場を提供することを求める権利です。例えば、反論記事の掲載要求(反論権)や紙面・番組への参加などです。

アクセス権に関する重要判例

アクセス権については、憲法21条1項から直接導くことができないとされており(アクセス権は憲法では保障されない)、判例でも「新聞記事に取り上げられた者は、当該新聞紙を発行する者に対し、その記事の掲載により名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に、人格権又は条理を根拠として、右記事に対する自己の反論文を当該新聞紙に無修正かつ無料で掲載することを求めることはできない」と反論権を否定しています。(最判昭62.4.24:サンケイ新聞事件)

報道の自由(憲法で保障されている)

報道は、事実を告げ知らせる行為で、報道機関の報道が、国民の知る権利に奉仕するという重要な意義を有しています。そのため、報道の自由は、憲法21条1項の表現の自由に含まれ、憲法で保障されています。

取材の自由(十分尊重に値する)

取材の自由とは、報道機関が事実を報道するために情報収集を行う自由を言い、下記の通り、判例でも、表現の自由を規定した憲法第21条の精神に照らし、十分尊重に値するものとしています。

取材の自由に関する重要判例

  • アメリカの原子力空母の佐世保港入港に反対する学生が、機動隊と衝突し、その映像をNHK福岡放送局等が撮影した。そして、福岡地裁は、放送局に対して、衝突の状況を撮影したテレビフィルムの提出を命令しました。これに対し、放送局は、憲法21条に反していると拒否して争われた。最高裁は、「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。そのため、思想の表明の自由と並んで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにある。そして、このような報道機関の報道が正しい内容をもつために、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない。」として、取材に自由について、憲法で保障されているとまではいえないが、十分尊重に値するものとしています。(最大決昭和44.11.26:博多駅フィルム提出命令事件)
  • 新聞記者Xは、沖縄返還交渉に関し、日米間の密約の存在を裏付ける秘密文書の写しを持ち出すことを、外務省事務官Yに執拗に迫り、そそのかして文書の写しを入手した。これに対して、Yは、国家公務員法111条等に違反するとして争われた。これに対して、最高裁は「報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。」として、手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、違法性はないとしました。(最決昭53.5.31:西山記者事件)

表現の自由に関するその他の重要判例

  1. 税務署の職員が収賄容疑で夜中に逮捕されました。その翌朝に新聞朝刊で報道されました。あまりにも短時間で情報を得ていることから、裁判所か検察職員に、逮捕状執行前に新聞記者Xに情報を漏らした者がいるのではないかと、国家公務員法違反の容疑で捜査が開始されました。そして、この記事を書いたXが証人喚問されました。しかし、Xは、取材源の秘匿を理由として宣誓証言を拒み、争われた。この点について最高裁は、刑事訴訟法149条に、証言拒絶できる者を列挙しているが、記者は含まず、刑事訴訟における証言拒絶の権利まで保障したものではないとした。(最大判昭27.8.6:石井記者事件)
  2. 「夕刊和歌山時事」の経営者Xが、「夕刊和歌山時事」の中に、他社Yの「特だね新聞」の取材の仕方が恐喝まがいの取材の仕方をだと批判する記事を載せた。それに対して、Yは、Xの行為が名誉毀損にあたるとして争われた。この点について最高裁は、「刑法230の2の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法230条ノ2第1項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当」とし、真実であることを証明できない場合でも、相当の理由があるときは、名誉棄損罪は成立しないとした。(最大判昭44.6.25:夕刊和歌山時事事件)
  3. 雑誌「月刊ペン」の編集局長Xが、「大罪犯す創価学会」という記事を取り上げ、名誉棄損罪にあたるのではないかと争われた。この点について最高裁は、「私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、 刑法230条の2第1項にいう『公共の利害に関する事実』にあたる場合があると解すべきである」として、名誉棄損罪に当たるとされた。(最判昭56.4.16:月刊ペン事件)
  4. アメリカ人弁護士Xは、事前に法廷でメモを取っていいか日本の裁判所に許可を求めたが、不許可となった。一方、司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対しては許可していました。そのためXは、自分に対する不許可措置は「知る権利(憲法21条)」を侵害しているとして争われた。これに対して最高裁は、「法廷で傍聴人がメモを取ることを権利として保障しているものではないが、法廷で傍聴人がメモを取ることは、その見聞する裁判を認識記憶するためにされるものである限り、憲法21条1項の精神に照らし尊重に値し、故なく妨げられてはならない。」とし、法廷での筆記行為は権利として保障されていないが、尊重に値するとした。(最大判平元.3.8:レペタ訴訟)
  5. TBSの番組で、暴力団組長による債権取立ての場面が放映され、警視庁は当該組長を逮捕。その後、警視庁は、裁判所の許可を得て、関連ビデオテープをTBS本社内で差し押さえた。それに対し、TBSは、差押処分の取消しを求めて、争われた。これに対し、最高裁は、「差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである」とし、本件差押は、適正迅速な捜査の遂行のためやむを得ないものであり、TBSの受ける不利益は、受忍すべきものというべきということで、ビデオテープの押収は憲法21条1項に反しないとした。(最決平2.7.9:TBSビデオテープ押収事件)
  6. 民事事件において証人となったNHK記者Xが、取材源については職業の秘密に当たることを理由に証言を拒絶して、取材源秘匿権について争われた。これに対して最高裁は、「秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべき」として、報道関係者の取材源の秘密は、民事訴訟法197条1項3号の職業の秘密に当たるとし、証言を拒むことができるとした。(最決平18.10.3:NHK記者取材源秘匿事件)
<<思想・良心の自由(憲法19条) | 事前抑制と検閲(憲法21条2項)>>