医療契約に基づく医師の患者に対する義務に関する次の記述のうち、民法の規定および判例に照らし、妥当なものはどれか。
- 過失の認定における医師の注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるとされるが、この臨床医学の実践における医療水準は、医療機関の特性等によって異なるべきではなく、全国一律に絶対的な基準として考えられる。
- 医療水準は、過失の認定における医師の注意義務の基準となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。
- 医師は、治療法について選択の機会を患者に与える必要があるとはいえ、医療水準として未確立の療法については、その実施状況や当該患者の状況にかかわらず、説明義務を負うものではない。
- 医師は、医療水準にかなう検査および治療措置を自ら実施できない場合において、予後(今後の病状についての医学的な見通し)が一般に重篤で、予後の良否が早期治療に左右される何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識できたときであっても、その病名を特定できない以上、患者を適切な医療機関に転送して適切な治療を受けさせるべき義務を負うものではない。
- 精神科医は、向精神薬を治療に用いる場合において、その使用する薬の副作用については、その薬の最新の添付文書を確認しなくても、当該医師の置かれた状況の下で情報を収集すれば足りる。
【答え】:2
【解説】
1・・・妥当ではない
まず、「臨床医学」とは、実際に患者さんに接して診断・治療を行う領域を指します。
そして、判例(最判平8.1.23)によると、
「人の生命及び健康を管理すべき医業に従事する者は、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるとはいえ、診療に従事する個々の医師につき、その専門分野、医療環境の如何を問わず、常に世界最高水準の知見による診療を要求するのは実際的でなく、そのため診療行為に当たる医師の注意義務の基準となるべきものは、一般的には、診療当時の「いわゆる臨床医学の実践における医療水準」であるとされるのであり、更に右の医療水準も必ずしも全国一律の絶対的基準とされるものでなく、当該医師の専門分野、その所属する診療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等が考慮されるべきであるということとなろう」
としている。
つまり、臨床医学の実践における医療水準は、必ずしも全国一律の絶対的基準とされるものでないので、本肢は妥当ではありません。
臨床医学の実践における医療水準は、「当該医師の専門分野、その所属する診療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等」が考慮されるべき、としています。
2・・・妥当
「医療慣行」とは、医者の一般的な診断(判断)です。例えば、細菌感染しているから、抗生物質を処方する。熱が出ているから、ロキソニンを処方するといった慣習です。
そして、判例(最判平8.1.23)によると、
「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行ってい
る医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。」
と判示しています。
したがって、医療水準は、医療慣行と必ず一致するとは限らないので、医師が、医療慣行に従った医療行為を行っても、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない、ということです。
よって、本肢は妥当です。
3・・・妥当ではない
判例(最判平13.11.27)によると、
「少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある」
としています。
よって、「医療水準として未確立の療法については、説明義務を負うものではない」というのは、妥当でないです。
詳細な判例の理解の仕方については個別指導で解説します!
4・・・妥当ではない
判例(最判平15.11.11)によると、
「この重大で緊急性のある病気のうちには、その予後が一般に重篤で極めて不良であって、予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれること等にかんがみると、【要旨1】被上告人は、上記の事実関係の下においては、本件診療中、点滴を開始したものの、上告人のおう吐の症状が治まらず、上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で、直ちに上告人を診断した上で、上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る、高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきである」
としています。
つまり、本肢は「その病名を特定できない以上、患者を適切な医療機関に転送して適切な治療を受けさせるべき義務を負うものではない」が妥当ではないです。
重大で緊急性のある病気のうちには、その予後が一般に重篤で極めて不良であって、予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれること等を照らして合わせて考えると
病名が特定できなくても、それに対応できる医療機関へ患者を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があるということです。
5・・・妥当ではない
「向精神薬」とは、「うつ状態」や「不安」を和らげる効果がある薬です。
判例(最判平14.11.8)によると、
「精神科医は、向精神薬を治療に用いる場合において、その使用する向精神薬の副作用については、常にこれを念頭において治療に当たるべきであり、向精神薬の副作用についての医療上の知見については、その最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。」
としています。
つまり、精神科医は、向精神薬の副作用については、最新の添付文書を確認して、必要に応じて文献を参照するなど、医師の置かれた状況の下で可能な限り最新情報を収集する義務がある、ということです。
令和2年(2020年)過去問
問1 | 著作権の関係上省略 | 問31 | 民法:債権 |
---|---|---|---|
問2 | 基礎法学 | 問32 | 民法:債権 |
問3 | 基礎法学 | 問33 | 民法:債権 |
問4 | 憲法 | 問34 | 民法:債権 |
問5 | 憲法 | 問35 | 民法:親族 |
問6 | 憲法 | 問36 | 商法 |
問7 | 憲法 | 問37 | 会社法 |
問8 | 行政法 | 問38 | 会社法 |
問9 | 行政法 | 問39 | 会社法 |
問10 | 行政法 | 問40 | 会社法 |
問11 | 行政手続法 | 問41 | 憲法 |
問12 | 行政手続法 | 問42 | 行政法 |
問13 | 行政手続法 | 問43 | 行政法 |
問14 | 行政不服審査法 | 問44 | 行政法・40字 |
問15 | 行政不服審査法 | 問45 | 民法・40字 |
問16 | 行政不服審査法 | 問46 | 民法・40字 |
問17 | 行政事件訴訟法 | 問47 | 基礎知識・政治 |
問18 | 行政事件訴訟法 | 問48 | 基礎知識・社会 |
問19 | 行政事件訴訟法 | 問49 | 基礎知識・経済 |
問20 | 国家賠償法 | 問50 | 基礎知識・経済 |
問21 | 国家賠償法 | 問51 | 基礎知識・社会 |
問22 | 地方自治法 | 問52 | 基礎知識・経済 |
問23 | 地方自治法 | 問53 | 基礎知識・社会 |
問24 | 地方自治法 | 問54 | 基礎知識・社会 |
問25 | 情報公開法 | 問55 | 基礎知識・情報通信 |
問26 | 行政法 | 問56 | 基礎知識・個人情報保護 |
問27 | 民法:総則 | 問57 | 基礎知識・個人情報保護 |
問28 | 民法:物権 | 問58 | 著作権の関係上省略 |
問29 | 民法:物権 | 問59 | 著作権の関係上省略 |
問30 | 民法:債権 | 問60 | 著作権の関係上省略 |