損益相殺ないし損益相殺的調整に関する次の記述のうち、民法の規定および判例に照らし、妥当なものはどれか。
- 幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるので、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除される。
- 被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たるので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除される。
- 退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても損害賠償額から控除されることはない。
- 著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されない。
- 新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除される。
【答え】:4
【解説】
1・・・妥当でない
まず、損益相殺とは、収益と費用、又は損失と収益を相殺して、純損益を算出することを指します。「被害者が不法行為によって損害を被る(マイナス)」と同時に、「同一の原因によって利益を受けた(プラス)」場合には、賠償されるべき損害額が全額もらえるわけではなく、その利益分を控除する(差し引く)ことをいいます。
また、「幼児の逸失利益」とは、幼児が成長していく過程で得られるべきであった経済的利益や社会的利益のことを指します。具体的には、将来の収入、教育を受ける機会、職業の選択肢、人間関係の形成などが挙げられます。幼児が不法行為によって亡くなった場合、彼らが成長していく過程で得られるはずだったこれらの利益(プラス)を逸失した(失った)とされ、その逸失利益について損害賠償を求めることができます。
そして、不法行為により死亡した幼児の損害賠償債権(逸失利益)を相続した者が、幼児の養育費の支出を必要としなくなった場合、養育費の支出がなくなっているのでプラス(利益部分)です。しかし、養育費(プラス)は損益相殺の対象となりません(最判昭53.10.20)。よって、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除されません。よって、妥当ではありません。
【具体例】 例えば、逸失利益が1億円、かかるはずだった養育費が2000万円だった場合、逸失利益について損害賠償額は。1億円ということです。
2・・・妥当でない
不法行為により被保険者が死亡して相続人に保険金(プラス)の給付がされた場合であっても、損益相殺の対象となりません(最判昭39.9.25)。よって、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除されません。
3・・・妥当でない
「退職年金を受給していた者」が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、退職年金の受給者が生存していれば、その平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として、損害賠償請求できます。
この場合において、相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除されないです(最大判平5.3.24)。
まず、退職年金の受給者が生存していれば、その平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を、その人の損害として損害賠償請求できます。つまり、被害者が生存していた場合に受給するはずだった退職年金の額を基準として、その損害額が算定されます。
また、被害者の相続人の中に、遺族年金の受給権を取得した者がいる場合、その者が加害者に対して賠償を求める損害額から、実際に受給されるべき遺族年金の額を控除することができます。ただし、遺族年金の支給が確定していない場合は、その額については控除しなくても構いません。つまり、支給が確定している遺族年金の額だけを損害額から差し引くことができます。
【本肢】 「いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても」となっています。「~についても」ということは、「①支給を受けることが確定した遺族年金」も「②支給を受けることが確定していない遺族年金」も両方とも、損害賠償額からは控除されない、という意味になります。これは妥当ではありません。①は控除されるので妥当ではありません。
4・・・妥当
いわゆるヤミ金融業者が、元利金等の名目で違法に金員を取得する手段として著しく高利の貸付けの形をとって借主に金員を交付し、借主が貸付金に相当する利益を得た場合に、借主からの不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として借主の損害額から控除することは、民法708条(不法原因給付)の趣旨に反するものとして許されません(最判平20.6.10)。言い換えると、ヤミ金融業者が高金利で貸し付けを行い、借主がその貸し付けによって利益を得た場合、その利益を借主の損害額から控除して損害賠償を軽減することはできません。なぜなら、その利益自体がヤミ金融業者の違法行為によって生じたものであり、このような利益を損益相殺等の手段で補填することは、不法原因給付の趣旨に反するからです。 この点は具体例があると分かりやすいので、個別指導では具体例を出して解説します!
5・・・妥当でない
売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において、当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには、上記建物の買主がこれに居住していたという利益については、当該買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできません(最判平22.6.17)。
分かりやすくいうと、建物の瑕疵が構造耐力上の安全性に深刻な影響を与え、倒壊のおそれがあるほど深刻である場合、その建物は社会的・経済的な価値を有していないとみなされます。このような場合、建物の買主がその建物に居住していたという利益については、建て替え費用相当額の損害賠償請求から控除されることはできません。
言い換えると、建物の買主は建て替え費用を請求することができますが、その建物に居住していたことから得られる利益は、その費用から控除されません。なぜなら、建物が社会的・経済的な価値を有していない場合、その利益は補填すべきものではないとされるからです。
令和5年(2023年)過去問
問1 | 基礎法学 | 問31 | 民法 |
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問2 | 基礎法学 | 問32 | 民法 |
問3 | 憲法 | 問33 | 民法 |
問4 | 憲法 | 問34 | 民法 |
問5 | 憲法 | 問35 | 民法 |
問6 | 憲法 | 問36 | 商法 |
問7 | 憲法 | 問37 | 会社法 |
問8 | 行政法 | 問38 | 会社法 |
問9 | 行政法 | 問39 | 会社法 |
問10 | 行政法 | 問40 | 会社法 |
問11 | 行政手続法 | 問41 | 憲法・多肢選択 |
問12 | 行政手続法 | 問42 | 行政法・多肢選択 |
問13 | 行政手続法 | 問43 | 行政法・多肢選択 |
問14 | 行政不服審査法 | 問44 | 行政法・40字 |
問15 | 行政不服審査法 | 問45 | 民法・40字 |
問16 | 行政不服審査法 | 問46 | 民法・40字 |
問17 | 行政事件訴訟法 | 問47 | 基礎知識 |
問18 | 行政事件訴訟法 | 問48 | 基礎知識 |
問19 | 行政事件訴訟法 | 問49 | 基礎知識 |
問20 | 国家賠償法 | 問50 | 基礎知識 |
問21 | 国家賠償法 | 問51 | 基礎知識 |
問22 | 地方自治法 | 問52 | 基礎知識 |
問23 | 地方自治法 | 問53 | 基礎知識 |
問24 | 地方自治法 | 問54 | 基礎知識 |
問25 | 行政事件訴訟法 | 問55 | 基礎知識 |
問26 | 行政法 | 問56 | 基礎知識 |
問27 | 民法 | 問57 | 基礎知識 |
問28 | 民法 | 問58 | 著作権の関係上省略 |
問29 | 民法 | 問59 | 著作権の関係上省略 |
問30 | 民法 | 問60 | 著作権の関係上省略 |