判例

麹町中学校内申書事件をわかりやすく解説|思想良心の自由と内申書

論点

  1. 内申書に「生徒が政治的行為をした旨」を記載することは、憲法19条(思想、良心の自由)に違反しないか?
  2. 上記記載は、憲法21条(表現の自由)に違反しないか?
  3. 上記記載は、憲法13条(プライバシー権の侵害)に違反しないか?

事案

Xは、東京都千代田区立麹町中学校を卒業し、高校受験をしたが、すべて不合格となった。

Xの調査書(内申書)の『行動および性格の記録』の欄には、C評価(最も悪い評価)が付されており、特記事項欄に「中学校在学中に政治活動をした旨(※)」の記載があった。

これに対しXは、高校受験不合格の原因は上記調査書の記載にあるとして、千代田区および東京都に対して、慰謝料の支払いを求める損害賠償請求を提起した。

※特記事項欄の詳細:「校内において麹町中学全共闘を名乗り、機関紙【砦】を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで、他校生徒とともに校内に乱入して、ビラ撒きを行った。大学生ML派(政治活動団体)の集会に参加している。学校側の指導説得を聞かず、ビラを配り、落書きをした。」

判決

内申書に「生徒が政治的行為をした旨」を記載することは、憲法19条(思想、良心の自由)に違反しないか?

憲法19条に違反しない

本件調査書(内申書)の記載は、Xの思想信条そのものを記載したものではないことは明らかであり、記載に関する外部的行為(行動)によっては、Xの思想、信条を了知し得るものではない(はっきり知ることはできない)。

また、Xの思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができない。

したがって、本件調査書の記載は、憲法19条(思想・良心の自由)に反するとはいえない、とした。

上記記載は、憲法21条(表現の自由)に違反しないか?

憲法21条に違反しない

「ビラの配布や落書き」は、中学校における学習とは全く関係ないものであり、「ビラの配布や落書き」を自由とすることは、中学校における教育環境に置く影響を及ぼす等、学習効果をあげる上において、放置できない弊害を発生させる相当の蓋然性(確実性・確かさ)があるものということができる。

そのため、このような弊害を未然に防止するために、①上記行為をしないよう指導説得することはもちろん、「②生徒会規則において、生徒の校内における文書の配布を学校当局の許可にかからしめ、その許可のない文書の配布を禁止すること」は、必要かつ合理的な範囲の制約であり、憲法21条(表現の自由)に違反しない

上記記載は、憲法13条(プライバシー権の侵害)に違反しないか?

憲法13条に違反しない

本件調査書による情報の開示は、入学選抜に関する特定小範囲の人に対するものであって、情報の公開には該当しない

したがって、本件調査書による記載は、Xのプライバシー権を侵害せず憲法13条後段(生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする)には反しない。

苫米地事件をわかりやすく解説|統治行為論と衆議院解散の合憲性

論点

  1. 衆議院解散の効力について、司法審査が及ぶか?

事案

昭和27年、吉田内閣は、憲法7条に基づいて、衆議院の解散を強行した。この解散によって議員の資格を失った苫米地義三氏Xは、当該解散の無効を前提として、国Yを被告として、衆議院議員としての資格確認と任期満了までの歳費請求の訴えを提起した。

憲法第7条(天皇の国事行為)
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
3号 衆議院を解散すること。

判決

衆議院解散の効力について、司法審査が及ぶか?

及ばない

日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとし(憲法76条1項)、

また裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(裁判所法3条1項)、

これによって、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せず、いわゆる概括的に司法裁判所の管轄に属するものとし、さらに憲法は一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限(違憲審査権)を裁判所に与えた(憲法81条)

結果として、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めてすべて裁判所の裁判権に服することとなる。

しかし、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。

国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にある。

そして、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為の判断は、主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられている

ここで、衆議院の解散は、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為である。

したがって、裁判所の審査権の外にある(裁判所による司法審査は及ばない)。

統治行為論が問題となった主要判例の比較

行政書士試験では、統治行為論に関連する判例の違いが問われます。苫米地事件と砂川事件を中心に、司法審査の及ぶ範囲の違いを整理しましょう。

判例 争点 司法審査 判旨のポイント
苫米地事件(最大判昭35.6.8) 衆議院解散の効力 及ばない 高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあり、最終的には国民の政治判断に委ねられる
砂川事件(最大判昭34.12.16) 日米安保条約の合憲性 原則及ばない 高度の政治性を有する条約は、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査の対象外

試験対策:両判例の決定的な違い

  • 苫米地事件=統治行為論を正面から採用し、司法審査を完全に排除した
  • 砂川事件=「一見極めて明白に違憲無効」の場合は例外的に審査可能とする留保付きの判断(統治行為論の変形)
  • 両判例とも、司法権の限界として三権分立の観点から判断している点は共通

択一式では「砂川事件は司法審査を完全に否定した」という誤りの選択肢が頻出します。砂川事件には例外の留保がある点を正確に押さえておきましょう。

薬事法距離制限違憲判決をわかりやすく解説|職業の自由と規制目的二分論

論点

  1. 薬事法距離制限は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

事案

Xは、薬局開設の許可申請を行ったが、広島県知事Yは、薬事法と県条例の定める薬局等の配置基準に適合しないとして、不許可処分をした。

そこで、Xは、距離制限を定める薬事法6条2項および県条例が、憲法22条1項に違反する等と主張して、不許可処分の取消訴訟を提起した。

※薬事法(改正前)では、「薬局の配置の場所が配置の適正を欠くと認められう場合は、許可を与えない。また、配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給うを図ることができるように、都道府県が条例で定めるものとし、その制定にあたっては、人口、交通事情その他調剤および医薬品の需要に影響を与える各般の事情を考慮するものとする。」と規定されていた。

そして、広島県条例では、既存薬局からおおむね100mとの距離制限を設けていた。

規制目的二分論の比較表|消極目的 vs 積極目的

薬事法距離制限事件を理解するうえで不可欠なのが、規制目的二分論です。最高裁は、職業の自由に対する規制を「消極目的規制」と「積極目的規制」に分類し、それぞれ異なる違憲審査基準を適用しています。試験では両者の比較が頻出するため、以下の表で整理しておきましょう。

比較項目 消極目的規制 積極目的規制
規制の目的 国民の生命・健康・安全への危険防止(警察的規制) 社会的・経済的弱者の保護、福祉国家的政策の実現
違憲審査基準 厳格な合理性の基準:より緩やかな規制手段で目的を達成できないか裁判所が審査 明白性の原則:規制が著しく不合理であることが明白な場合のみ違憲
司法審査の厳しさ 厳しい(裁判所が代替手段まで検討) 緩やか(立法裁量を広く尊重)
代表判例 薬事法距離制限事件(最大判昭50.4.30)→違憲 小売市場距離制限事件(最大判昭47.11.22)→合憲
判断のポイント 薬局の偏在と不良医薬品供給の因果関係に合理的根拠なし 小売商の共倒れ防止という立法目的は著しく不合理とはいえない

試験対策のポイント:同じ「距離制限」でも、薬事法は消極目的として違憲、小売市場は積極目的として合憲と結論が分かれます。規制目的の分類が審査基準の選択を左右し、結論を決定づける点を押さえておきましょう。

判決

薬事法距離制限は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

違反している(違憲)

一般に許可制は職業の自由に対する強力な制限であるから、合憲といえるためには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが消極目的規制である場合には、より緩やかな制限である職業活動の内容および態様に対する規制によっては目的を十分に達成できないことを要する

本件薬局の適正配置規制は、国民の生命および健康に対する危険の防止という消極目的のための規制措置であり、目的自体は重要な公共の利益といえる。

しかし、「薬局の偏在→競争激化→一部薬局等の経営の不安定→不良医薬品の供給の危険」という因果関係は、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたく、本適正配置規制の必要性と合理性を肯定するに足りない

したがって、薬事法6条2項および県条例は、憲法22条1項に違反し、無効である。

余目町個室付浴場事件をわかりやすく解説|信頼の保護・権利濫用

【図解】余目町個室付浴場事件の流れ

この事件は、適法に営業準備を進めた事業者に対し、行政が別の認可処分を利用して営業を阻止した点が争われました。まず時系列を押さえましょう。

  • ①建築確認・営業許可の取得:有限会社Xが土地を購入し、建築確認を受けて個室付浴場の建物を完成。営業許可も取得済み。
  • ②地元住民の反対運動:開業に反対する住民運動が発生。余目町と山形県Yが開業阻止策を検討。
  • ③児童遊園の認可(阻止策の実行):風営法の「児童福祉施設から200m以内は営業禁止」規定を利用し、近隣の無認可児童遊園に認可を付与。
  • ④営業不能→業務停止処分:認可により風営法上の営業禁止区域となり、Xは開業できない状態に。それでも営業を開始したため業務停止処分を受けた。
  • ⑤国家賠償請求へ:取消訴訟の係属中に停止期間が経過し、国家賠償請求訴訟に変更。

最高裁は、③の児童遊園認可が行政権の著しい濫用に当たり違法と判断しました。適法な許可を受けた事業者の信頼の保護と、行政による権利濫用の限界を示す重要判例です。

論点

  1. 個室付き浴場の開業阻止のために、知事が行った児童園設置認可処分は国家賠償法上の違法となるか?

事案

有限会社Xは、個室付浴場業(ソープランドや風俗店)を営むために、山形県余目町(あまるめまち)に土地を購入し、個室付浴場業用の建物の建築確認の申請をし、建築確認を得た上で、建物の建築を完成させた。

また、個室付浴場業の営業許可についても、Xは受けていた。

ところが、当該個室付浴場業の建築に反対した地元住民から反対運動が起こったため、余目町と山形県Yは、個室付浴場業の開業を阻止するための方策を考えた。

その方策は、風俗営業等取締法(風営法)に「児童福祉施設から200m以内では、個室付浴場業の営業を禁止する」という法律を利用することであった。

当該個室付浴場から200m以内にある無認可の児童遊園があり、この児童遊園について、認可を与えた。

これにより、上記風営法により、Xは、当該個室付浴場業を開業できなくなった。

それにも関わらず、Xは個室付浴場業の営業を開始したため、Xは業務停止処分を受けた。

そこで、Xは、処分の取消訴訟を提起したが、訴訟係属中に、営業停止処分期間が経過したため、Yを被告として、国家賠償請求の訴えに変更した。

判決

個室付き浴場の開業阻止のために、知事が行った児童園設置認可処分は国家賠償法上の違法となるか?

→違法

本件児童遊園設置の認可処分は、行政権の著しい濫用によるものとして違法である。

関連する判例

最判昭53.6.16:余目町個室付浴場事件(行政権の濫用に相当する違法な行政処分に公定力はない)

北方ジャーナル事件をわかりやすく解説|事前差止めと表現の自由

論点

  1. 裁判所による出版物の仮処分による差止めが検閲にあたるか?
  2. 出版物頒布などの事前差止めの実体的要件は?
  3. 出版物頒布などの事前差止めの手続き要件は?
  4. 本件事前差止めは違憲か?

事案

Yは、北海道知事選挙に立候補を予定していた。

雑誌「北方ジャーナル」の代表取締役Xは、Yに関する「ある権力主義者の誘惑」というタイトルの記事を執筆し、印刷の準備をしていた。当該記事は、全体にわたってYの名誉を毀損する記載であり、それを知ったYは、名誉権の侵害を防止するために、「印刷・製本および販売、頒布」の禁止を命ずる仮処分を札幌地裁に申請した。

同地裁はXからの審尋(意見陳述の機会)を行うことなく申請を相当と認め、即日仮処分の決定を行った。

それに対し、Xは、Yの仮処分申請、裁判官の仮処分の決定により、逸失利益等2025万円の損害を受けたとして、Yおよび国を相手に不法行為に基づき損害賠償請求の訴えを提起した。

逸失利益本来得られるべきであるにもかかわらず、債務不履行や不法行為が生じたことによって得られなくなった利益を指す。

事前差止めが認められる3つの要件【まとめ】

北方ジャーナル事件で最高裁が示した判断枠組みでは、公的人物に対する表現行為の事前差止めは原則として許されません。ただし、以下の3要件をすべて満たす場合に限り、例外的に事前差止めが認められるとされています。

  • 表現内容が真実でないことが明白であること――記事や出版物の内容が事実に反していることが、証拠上明らかである必要があります。単なる疑いや争いがある程度では足りません。
  • もっぱら公益を図る目的でないことが明白であること――当該表現が公共の利害に関する正当な報道・批判ではなく、私的な攻撃や中傷を目的としていることが客観的に明らかでなければなりません。
  • 被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること――事後的な損害賠償や名誉回復措置では救済しきれないほどの深刻な被害が生じる具体的危険性が認められる場合に限られます。

この3要件は、表現の自由(憲法21条1項)を最大限保障しつつ、名誉権との調整を図るために設定された厳格な基準です。行政書士試験では、各要件の内容だけでなく「すべて充足しなければ差止めは許されない」という点が問われるため、正確に押さえておきましょう。

判決

裁判所による出版物の仮処分による差止めが検閲にあたるか?

→あたらない

「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す。

そして、裁判所の仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なる。
つまり、行政権が主体となって行っていない

よって、『検閲』には当たらないとした。

出版物頒布などの事前差止めの実体的要件は?

事前抑制に該当し、とりわけ、対象が公的人物に対する表現行為である場合は、原則として事前差止めは許されない。例外として、①その表現内容が真実でなく、またはそれがもっぱら公益に図る目的のものでないことが明白であり、かつ②被害者が重大にして著しく回復困難な被害を被る恐れがあるときに限り、事前差止めが許される。

裁判所による差止命令が検閲に当たらないとしても、憲法21条1項(表現の自由)に違反しないかが問題となる。

まず、表現行為に対する事前抑制は、公の批判の機会を減少させ、規制の範囲が広汎にわたりやすく、濫用のおそれがある上、抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きい。

したがって、表現行為に対する事前抑制は、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる。(=できるだけ表現の自由を保障するということ)

そして、出版物頒布などの事前差止めは事前抑制に該当し、その対象が公的立場にある者に対する表現行為に関する者である場合には、公共の利害に関する事項であるため、憲法上、表現の自由により特に保障されるべきである。

そのため、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されない。

ただし、例外的に、①その表現内容が真実でなく、またはそれがもっぱら公益に図る目的のものでないことが明白であり、かつ②被害者が重大にして著しく回復困難な被害を被る恐れがあるときに限り、事前差止めが許される。

出版物頒布などの事前差止めの手続き要件は?

原則として、口頭弁論または債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えるべきである。

事前差止めを求める場合、もっぱら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者審尋を必要とせず、立証も疎明で足りるとすることは、表現の自由を確保する上で、その手続的保障として不十分である。

したがって、原則、口頭弁論または債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えるべきである。

ただし、例外として、上記実体的要件を満たすとき(上記例外的に事前抑制が許される場合)は、口頭弁論または債務者の審尋は不要である。

本件事前差止めは違憲か?

→違憲ではない(合憲)

本件の記事は、実体的要件を満たし(上記例外的に事前抑制が許される場合に該当し)、手続的要件も満たしている(口頭弁論または債務者の審尋は不要)ため、仮処分は合憲である。

板まんだら事件をわかりやすく解説|争点・判旨・試験ポイント

板まんだら事件とは?

板まんだら事件(最判昭56.4.7)は、宗教上の教義に関する争いが「法律上の争訟」にあたるかが問われた、司法権の限界を示すリーディングケースです。

創価学会の元会員らが「本尊である板曼荼羅は偽物だ」として寄付金の返還を求めた事件で、最高裁は「宗教上の教義の判断が不可欠な訴訟は、法令の適用による終局的解決が不可能であり、法律上の争訟にあたらない」と判示し、訴えを退けました。

行政書士試験では、「法律上の争訟」の2要件(①具体的な権利義務に関する紛争 ②法令の適用で終局的に解決可能)を正確に書けるかが頻出論点です。本記事では、事案・争点・判旨を整理し、試験で問われるポイントまで解説します。

論点

  1. 裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?
  2. 宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

裁判所法3条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

事案

創価学会Yの元会員であるXらは、創価学会の本尊である「板曼荼羅(いたまんだら)」を安置するための「正本堂」建築のために、Yに対して金員を寄付した。

Xらは「板まんだらは偽物だ」として、寄付金の贈与の錯誤無効を主張し、不当利得に基づく寄付金の返還を請求する訴えを提起した。

判決

裁判所が司法権を行使できる裁判所法3条1項の「法律上の争訟」とは?

→「法律上の争訟」とは、①当事者間の具体的な「権利義務ないし法律関係」の存否に関する紛争であってかつ、②それが法令の適用に終局的に解決することができるものをいう。

宗教上の教義の判断を前提とする請求が「法律上の争訟」にあたるか?

→あたらない

本件訴訟は、上記①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争である。

しかし、宗教上の教義に関する判断は、本件を判断する上で必要不可欠なものと認められ、本件訴訟の争点および当事者の主張立証もこの判断に関するものがその核心となっていると認められる。

このことを踏まえると、結局、本件の訴訟は、その実質において②法令の適用による終局的な解決の不可能なものである。

したがって裁判所法3条にいう「法律上の争訟」にあたらない

東大ポポロ事件(ポポロ事件)とは?わかりやすく解説|行書塾

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは?

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは、東京大学の学生団体「ポポロ劇団」の演劇発表会に私服警察官が立ち入ったことをきっかけに、大学の自治と学問の自由の範囲が争われた憲法上の重要判例です(最大判昭和38年5月22日)。

行政書士試験では、憲法23条(学問の自由)の論点として頻出であり、以下の4つのポイントを正確に押さえることが合格への鍵となります。

  • 教授の自由の憲法上の位置づけ
  • 大学の自治が認められる範囲(人事・施設管理・学生管理)
  • 政治的社会的活動と学問の自由の区別
  • 学生の権利が大学の自治の「効果」として認められるにすぎないこと

本記事では、ポポロ事件の事案・争点・判決を、行政書士試験対策の視点からわかりやすく整理します。

論点

  1. 教授の自由は憲法上保障されるか?
  2. 大学の自治の内容は?
  3. 政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条(学問の自由)によって保障されるか?
  4. 大学生が、学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

事案

東京大学の学生団体「ポポロ劇団」は、大学の許可を得て、同大学の教室内において、松川事件を題材とする演劇を行っていた。

この松川事件とは、国鉄の労働組合が、国鉄への反発として、機関車を脱線させた事件で、社会的な事件と言えます。

このようなテーマを題材として演劇を行っているため、私服警察は、大学の正式な許可を得て大学の教室内で客としてみていた。

この演劇を発表している際、観客の中に私服警官がいるのを学生が発見し、学生が警官の身柄を拘束し、警察手帳を奪い、謝罪文を書かせた。

この際、被告人Yは、洋服内のポケットに手を入れ、服のボタンをもぎ取るなど、暴行を加えたとして、起訴された。

学生は、大学の自治を主張して争われた。

判決

教授の自由は憲法上保障されるか?

憲法23条は、教授の自由を必ずしも含むものではないが、大学における教授の自由は、憲法の趣旨と学校教育法52条に基づいて保障されている。

憲法23条(学問の自由は、これを保障する。)は、広くすべての国民に対して、「学問的研究の自由」と「その研究結果の発表の自由」を保障するとともに、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨とする。

一方、「教育ないし教授の自由」は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。

しかし、大学については、憲法の趣旨と学校教育法52条により、教授その他の研究者が、その専門の研究の結果を教授する自由が保障される

大学の自治の内容は?

人事に関して認められ、また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められる。

大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められる。

この自治は、特に大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。

また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められ、これらについてある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。

政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条学問の自由)によって保障されるか?

保障されない

大学における学生の集会(本件演劇)も、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しない

本件集会(演劇)は、真に学問的な研究と発表のためのものではなく、実社会の政治的社会的活動であり、大学の学問の自由と自治は享有しない。

したがって、本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を侵すものではない。

大学生が学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づく。

そのため、大学の学問の自由と自治は、直接には、『「教授その他の研究者」の「研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由」』と『これらを保障するための自治』を意味する。

大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。

そして、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。

しかし、大学の学生として、一般国民以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである

 

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堀木訴訟とは?わかりやすく判旨・争点を解説【生存権・憲法25条】|行書塾

堀木訴訟をわかりやすく

堀木訴訟とは、障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止が憲法25条(生存権)に違反するかが争われた裁判です。

全盲の女性・堀木フミ子さんが、障害福祉年金を受けながら児童扶養手当も申請したところ、「両方同時にはもらえない」という規定(併給禁止)を理由に却下されました。これに対し堀木さんは「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に違反すると訴えました。

最高裁は、社会保障の具体的な内容は立法府の広い裁量に委ねられているとして、併給禁止は憲法に違反しないと判断しました。この考え方は行政書士試験でも頻出の「広い立法裁量論」として重要です。

以下では、事案・争点・判旨の詳細を順に整理していきます。

論点

  1. 憲法25条1項および2項の解釈と適用について
  2. 児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

事案

X(堀木フミ子氏)は、全盲の視力障害者として、障害福祉年金を受給していた。同時に、Xは内縁の夫との間に男子を、夫との離別後、独力で養育していたので、兵庫県知事Yに対して、児童扶養手当の受給資格の認定の申請をした。

しかし、Yは、障害福祉年金を受給しているので、児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」に該当するとの理由で、申請を却下した。

さらにXは、異議申立をしたが、棄却され、Xは、児童扶養手当法4条3項3号が憲法25条(生存権)に違反するとして、「却下処分の取消し」と「手当受給資格の認定をYに義務付ける判決」を求める訴訟(義務付け訴訟)を提起した。

判決

憲法25条1項および2項の解釈と適用について

憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。
この規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。

また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
この規定は、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものである。

そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充(法令)により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである。

児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

→違反しない

憲法25条(生存権)の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。

しかも、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができない。

また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。

したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない

児童扶養手当は、もともと母子福祉年金(国民年金)を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、受給者に対する所得保障である点において、前記母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ自然である。

そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する2つ以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであっても、事故が2つ以上重なったからといって稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。

このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策上の裁量事項であり、それが低額であるからといって当然に憲法25条違反に結びつくものということはできず、本件規定は違憲ではない。

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猿払事件とは?わかりやすく判旨・論点を解説|行書塾

猿払事件とは?【結論を30秒で理解】

猿払事件とは、国家公務員の政治活動の自由と国家公務員法の合憲性が争われた最高裁判例(最大判昭和49年11月6日)です。最高裁は、公務員の政治的行為を一律に禁止する国家公務員法102条1項および人事院規則14-7の規定について、「合理的でやむをえない限度にとどまる」として合憲と判断しました。

この判例が行政書士試験で重要とされる理由は、次の2点です。

  • 表現の自由(憲法21条)の制約が許される基準を示した代表的判例であること
  • 「合理的関連性の基準」という緩やかな違憲審査基準が用いられ、後の堀越事件(最判平成24年)で判例変更された流れまで問われること

以下では、猿払事件の事案・判旨・合憲性判定基準の3つのポイントを、行政書士試験の出題傾向に沿って整理していきます。

論点

  1. 公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?
  2. 政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

事案

Xは、北海道宗谷郡猿払村の郵便局(当時公務員)に勤務しており、一方で、猿払地区の労働組合協議会の事務局長をしていた。そして、衆議院議員選挙に際して、上記協議会の決定により、日本社会党を支持する目的をもって、同党公認の候補者のポスターを公営掲示板に掲示したほか、配布も行った。

Xの行為が国家公務員法で規定されている禁止行為に該当するとして罰金刑を受けたため、その刑を不服として提訴した。

判決

公務員の政治的行為を禁止する国家公務員法の規定が憲法21条に違反しないか?

→違反しない

政治的行為は、政治的意見の表明としての面をもつから、憲法21条(表現の自由)による保障を受ける。

しかし、公務員は、「国民全体の奉仕者」であるため、政治的に一党一派に偏ることなく「中立的な立場を堅持して、職務の遂行にあたることが必要」である。

したがって、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的でやむをえない限度にとどまるもので限り、憲法の許容するところである。

つまり、政治的行為を禁止する規定について、合理的でやむをえない限度であれば、合憲である、ということです。

政治的行為を禁止する規定の合憲性はどのように判定するか?(合憲性の判定基準)

上記の判断は、下記3点から検討されるべきである。

  1. 規制目的の正当性
  2. 目的と禁止される政治的行為との合理的関連性
  3. 政治的行為の禁止により「得られる利益」と「失われる利益」との均衡

今回の事案を上記に当てはめると

  1. 政治的行為の禁止規定は、「行政の中立的運営」と「これに対する国民の信頼を確保する」という目的であり、この目的は正当であるといえる
  2. 上記目的と、禁止規定である「特定の政党を支持したり反対したりするためのポスターの掲示や配布」は合理的関連性があるといえる
  3. 禁止規定は、意見表明(言論)そのものの制約がねらいではなく、ポスターを掲示する・配布するという行為(非言論)の制約であり、言論そのものに及ぶ制約は「間接的・付随的」なものに過ぎないため、失われる利益は小さいといえる。一方、禁止規定による公務員の政治的中立性、国民の信頼確保という得られる利益は大きいといえる。

上記理由から、政治的禁止行為の規定は違反しないといえる。

 

最大判昭47.11.22:川崎民商事件

論点

  1. 旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?
  2. 旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

事案

昭和38年に、自宅店舗において川崎税務署収税官吏が、Xの所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとしていた。

これに対し、Xは、「何回くるんだ、事前通知がなければ調査に応じられない」などと大声をあげたり、また「あちらへ行こう」と収税官吏を引っ張ったりするなど、上記検査を拒んだ。

これが旧所得税法に違反するとしてXは起訴された。

憲法第35条(住居の不可侵)
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、現行犯逮捕の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

憲法第38条(黙秘権)
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

判決

旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?

→違反しない

旧所得税法の規定する検査拒否に対する罰則は、収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものである。

しかし、収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であって、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。

また、当該検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。

さらに、強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであるが、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたい

憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでない(収税官吏の検査)との理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

つまり、収税官吏の検査においても、憲法35条1項の保障の範囲外とは判断できない

しかし、総合して判断すれば、収税官吏の検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、憲法35条に違反しているとはいえない

旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

→違反しない

憲法38条1項は、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものである。

そして、上記保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、等しく及ぶものと解するのを相当とする。

しかし、収税官吏の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、当該検査、質問の規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。(=違反ではない)