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堀木訴訟をわかりやすく解説|生存権と立法裁量論|行政書士試験

堀木訴訟をわかりやすく

堀木訴訟とは、障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止が憲法25条(生存権)に違反するかが争われた裁判です。

全盲の女性・堀木フミ子さんが、障害福祉年金を受けながら児童扶養手当も申請したところ、「両方同時にはもらえない」という規定(併給禁止)を理由に却下されました。これに対し堀木さんは「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に違反すると訴えました。

最高裁は、社会保障の具体的な内容は立法府の広い裁量に委ねられているとして、併給禁止は憲法に違反しないと判断しました。この考え方は行政書士試験でも頻出の「広い立法裁量論」として重要です。

以下では、事案・争点・判旨の詳細を順に整理していきます。

論点

  1. 憲法25条1項および2項の解釈と適用について
  2. 児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

事案

X(堀木フミ子氏)は、全盲の視力障害者として、障害福祉年金を受給していた。同時に、Xは内縁の夫との間に男子を、夫との離別後、独力で養育していたので、兵庫県知事Yに対して、児童扶養手当の受給資格の認定の申請をした。

しかし、Yは、障害福祉年金を受給しているので、児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」に該当するとの理由で、申請を却下した。

さらにXは、異議申立をしたが、棄却され、Xは、児童扶養手当法4条3項3号が憲法25条(生存権)に違反するとして、「却下処分の取消し」と「手当受給資格の認定をYに義務付ける判決」を求める訴訟(義務付け訴訟)を提起した。

判決

憲法25条1項および2項の解釈と適用について

憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。
この規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。

また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
この規定は、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものである。

そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充(法令)により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである。

児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

→違反しない

憲法25条(生存権)の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。

しかも、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができない。

また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。

したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない

児童扶養手当は、もともと母子福祉年金(国民年金)を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、受給者に対する所得保障である点において、前記母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ自然である。

そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する2つ以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであっても、事故が2つ以上重なったからといって稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。

このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策上の裁量事項であり、それが低額であるからといって当然に憲法25条違反に結びつくものということはできず、本件規定は違憲ではない。

判決文の全文はこちら>>

関連ページ

>>関連判例:最大判昭42.5.24:朝日訴訟(生存権の法的権利性の有無)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権

朝日訴訟とは?プログラム規定説と生存権の判例をわかりやすく解説|行書塾

朝日訴訟とは?

朝日訴訟(最大判昭42.5.24)とは、生活保護基準の合憲性が争われた憲法25条(生存権)に関するリーディングケースです。原告の朝日茂氏が、月額600円の生活扶助では「健康で文化的な最低限度の生活」を維持できないとして厚生大臣を相手に提訴しました。最高裁は、憲法25条は国の責務を宣言したものであり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではないと判示し、いわゆるプログラム規定説の立場を採用した判決として知られています。行政書士試験では、生存権の法的性質・厚生大臣の裁量権・保護受給権の一身専属性の3点がくり返し出題されています。

朝日訴訟と堀木訴訟の比較表

比較項目 朝日訴訟(最大判昭42.5.24) 堀木訴訟(最大判昭57.7.7)
争点 生活保護基準(月600円)は憲法25条に違反しないか 障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止は憲法25条に違反しないか
25条の解釈 プログラム規定説を採用し、具体的権利性を否定 立法府の広い裁量を認め、明らかに合理性を欠く場合のみ違憲(広い立法裁量論)
裁量の範囲 厚生大臣の合目的的裁量に委ねられる 立法府の広範な裁量に委ねられる
違憲・違法となる基準 裁量権の逸脱・濫用がある場合 著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用がある場合
結論 原告死亡により訴訟終了(本案判断は傍論) 併給禁止規定は合憲
試験での頻出ポイント 保護受給権の一身専属性・プログラム規定説 立法裁量論・25条1項と2項の区別

論点

  1. 生活保護受給権に相続性はあるか?
  2. 生存権に法的権利性はあるか?
  3. どのような場合に違法な行為として司法審査の対象となるか?

事案

X(朝日茂氏)は、肺結核患者として、療養所に入所し、厚生大臣の認定した生活扶助基準で定められた最高金額である「月600円の日用品費の生活扶助」と「現物による給食付医療扶助」とを受けていた。

ところが、Xは、実兄から、毎月1500円の送金を受けるようになったため、市の社会福祉事務所長は、月600円の生活扶助を打ち切り、上記送金額から日用品費を控除した残額900円を医療費の一部としてXに負担させる旨の保護変更の決定をした。

それに対して、Xは、厚生大臣を被告として600円の基準金額が生活保護法の規定する「健康で文化的な最低限度の生活水準」を維持するに足りないものであると主張して、訴えを提起した。

判決

生活保護受給権に相続性はあるか?

→ない

生活保護法に基づく保護受給権は、法的権利である。

しかし、この権利は、被保護者個人に与えられた一身専属の権利である。

したがって、本件訴訟は、Xの死亡と同時に終了し、相続人が保護受給権を承継する余地はない。

生存権に法的権利性はあるか?

→ない

憲法25条1項はすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない。

具体的権利としては、生活保護法によりはじめて与えられる。

※つまり、「生存権自体は法的権利性はないが、生活保護法で規定されることで、法的権利性が与えられる」ということです。

25条の法的権利性を否定している点では、プログラム規定説を採用しているといえる。

どのような場合に違法な行為として司法審査の対象となるか?

憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合

何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されている。

そして、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題を生ずることはない。

ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、①法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または②裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となる。

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関連ページ

>>関連判例:最大判昭57.7.7:堀木訴訟(障害年金と児童扶養手当の併給禁止が生存権に違反しないか)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権

マクリーン事件とは?外国人の人権・在留更新の判例をわかりやすく解説|行書塾

論点

  1. 外国人の在留期間の更新について法務大臣の裁量権が認められるか?
  2. 外国人にも人権の保障が及ぶか?
  3. 外国人にも政治活動の自由の保障が及ぶか?

事案

外国籍のマクリーン(X)は、在留期間を1年とする許可を得て、日本に入国した。

その後、Xは、法務大臣Yに対して、在留期間延長の申請をした。

しかし、「無断転職」および「政治活動(※)」を理由に、120日の更新しか認められず、その後、更新は不許可となった。

※ベトナム戦争の反対運動、日米安保条約の反対運動などを行っていた。

そこで、XはYの更新不許可処分を不服として、その取消しを求めて出訴した。

判決

1.外国人の在留期間の更新について法務大臣の裁量権が認められるか?

認められる

出入国管理令では、「在留期間の更新については、法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可できる」としています。

そのため、更新事由の判断を、法務大臣の裁量に任せて、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨であると解されます。

したがって、外国人の在留期間の更新について法務大臣の裁量権が認められます。

ただし、その裁量について、裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合、違法となります

そして、今回、法務大臣が、外国人の政治活動を斟酌して在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断し、更新不許可の処分を下したわけですが、

今回の事案では、「裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものということはできない」として、違法ではないとした。

※ 斟酌(しんしゃく)相手の事情や心情をよくくみとること

2.外国人にも人権の保障が及ぶか?

原則、外国人にも人権の保障は及ぶ

例外として、外国人在留制度の枠を超える部分は、人権保障が及ばない

判例では、「基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」としているので、原則、外国人にも人権保障が及びます。

しかし、外国人の人権保障は、外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎず、外国人在留制度の枠を超える部分は、人権保障が及ばないとしています。

具体例が下記一定の政治活動の自由です。

「外国人在留制度の枠」については、個別指導で解説します!

3.外国人にも政治活動の自由の保障が及ぶか?

原則、外国人にも政治活動の自由を認めている

例外として、わが国の政治的意思決定または、その実施に影響を及ぼす活動などは、政治活動の自由の保障は及ばない

政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定または、その実施に影響を及ぼす活動など、外国人の地位にかんがみて、これを認めることが相当でないと解されるものを除いて、その保障が及びます

そして、今回の事案では、外国人Xの事実に対する法務大臣の不許可処分は、「明白に合理性に欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性に欠くことが明らかである」とはいえないので、在留中の政治活動を理由に更新を不許可としたことは違憲ではない、とした。

※ かんがみる(鑑みる):先例や規範に照らし合わせる。他を参考にして考える

東大ポポロ事件とは?大学の自治・学問の自由の判例をわかりやすく解説|行書塾

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは?

ポポロ事件(東大ポポロ事件)とは、東京大学の学生団体「ポポロ劇団」の演劇発表会に私服警察官が立ち入ったことをきっかけに、大学の自治と学問の自由の範囲が争われた憲法上の重要判例です(最大判昭和38年5月22日)。

行政書士試験では、憲法23条(学問の自由)の論点として頻出であり、以下の4つのポイントを正確に押さえることが合格への鍵となります。

  • 教授の自由の憲法上の位置づけ
  • 大学の自治が認められる範囲(人事・施設管理・学生管理)
  • 政治的社会的活動と学問の自由の区別
  • 学生の権利が大学の自治の「効果」として認められるにすぎないこと

本記事では、ポポロ事件の事案・争点・判決を、行政書士試験対策の視点からわかりやすく整理します。

論点

  1. 教授の自由は憲法上保障されるか?
  2. 大学の自治の内容は?
  3. 政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条(学問の自由)によって保障されるか?
  4. 大学生が、学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

事案

東京大学の学生団体「ポポロ劇団」は、大学の許可を得て、同大学の教室内において、松川事件を題材とする演劇を行っていた。

この松川事件とは、国鉄の労働組合が、国鉄への反発として、機関車を脱線させた事件で、社会的な事件と言えます。

このようなテーマを題材として演劇を行っているため、私服警察は、大学の正式な許可を得て大学の教室内で客としてみていた。

この演劇を発表している際、観客の中に私服警官がいるのを学生が発見し、学生が警官の身柄を拘束し、警察手帳を奪い、謝罪文を書かせた。

この際、被告人Yは、洋服内のポケットに手を入れ、服のボタンをもぎ取るなど、暴行を加えたとして、起訴された。

学生は、大学の自治を主張して争われた。

判決

教授の自由は憲法上保障されるか?

憲法23条は、教授の自由を必ずしも含むものではないが、大学における教授の自由は、憲法の趣旨と学校教育法52条に基づいて保障されている。

憲法23条(学問の自由は、これを保障する。)は、広くすべての国民に対して、「学問的研究の自由」と「その研究結果の発表の自由」を保障するとともに、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨とする。

一方、「教育ないし教授の自由」は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。

しかし、大学については、憲法の趣旨と学校教育法52条により、教授その他の研究者が、その専門の研究の結果を教授する自由が保障される

大学の自治の内容は?

人事に関して認められ、また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められる。

大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められる。

この自治は、特に大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。

また、大学の施設と学生の管理についてもある程度認められ、これらについてある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。

政治的社会的活動に当たる行為は、憲法23条学問の自由)によって保障されるか?

保障されない

大学における学生の集会(本件演劇)も、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しない

本件集会(演劇)は、真に学問的な研究と発表のためのものではなく、実社会の政治的社会的活動であり、大学の学問の自由と自治は享有しない。

したがって、本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を侵すものではない。

大学生が学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できる範囲は?

大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づく。

そのため、大学の学問の自由と自治は、直接には、『「教授その他の研究者」の「研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由」』と『これらを保障するための自治』を意味する。

大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。

そして、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。

しかし、大学の学生として、一般国民以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである

 

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三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)とは?私人間効力・間接適用説をわかりやすく解説|行書塾

この判例で押さえるべき3つのポイント

  • 私人間への憲法の直接適用は否定:憲法の人権規定は「国・公共団体と個人」の関係を規律するものであり、私人同士の関係には直接適用も類推適用もできないとされた。
  • 間接適用説を採用:私人間の人権侵害には、民法1条(信義則・権利濫用)や民法90条(公序良俗)などの一般条項を介して憲法の趣旨を及ぼすことで調整を図る。この立場が判例・通説であることは行政書士試験の頻出論点である。
  • 企業の採用の自由を広く認容:会社は契約締結の自由(憲法22条)に基づき、特定の思想・信条を理由に採用を拒否しても当然には違法とならず、応募者の思想に関する事項を質問することも許容されるとした。

論点

  1. 私人間において、憲法の人権規定を直接適用できるか?
  2. 特定の思想を有することを理由に採用を拒否することは違法か?
  3. 会社の入社の選考にあたり、応募者の思想に関する事項を尋ねることは違法か?

事案

Xは、大学在学中に、三菱樹脂株式会社Yの採用試験に合格し、翌年、卒業後、Yに3か月の試用期間を設けて採用された。しかし、入社試験(面接など)の際に、「学生運動などの事実を秘匿する(隠す)虚偽の申告をしたこと」を理由に、本採用を拒否する旨の告知を受けた。そのため、Xは、労働契約関係存在の確認を求めて出訴した。

私人間効力における3つの学説比較

三菱樹脂事件を理解するうえで重要な、私人間における憲法の適用に関する3つの学説を整理します。

学説 内容 問題点
直接適用説 憲法の人権規定を私人間にも直接適用する 私的自治の原則を大きく制約し、契約自由の原則が形骸化するおそれがある
間接適用説(判例・通説) 民法90条(公序良俗)や民法709条(不法行為)などの私法の一般条項を通じて、憲法の趣旨を間接的に及ぼす 一般条項の解釈に委ねられるため、裁判官の裁量が大きくなる
無適用説 憲法は国家と個人の関係のみを規律し、私人間には一切適用されない 社会的権力による人権侵害に対して救済が困難となる

本判決では、最高裁が間接適用説の立場を採用しました。憲法の人権規定は直接適用できないとしつつも、民法の信義則・権利濫用・公序良俗などの規定を介して私人間の権利調整を図るという考え方です。行政書士試験では、この間接適用説が判例の立場であることを正確に押さえておくことが重要です。

判決

私人間において、憲法の人権規定を直接適用できるか?

直接適用できない

憲法19条、14条(下記参照)は、もっぱら、「国または公共団体」と「個人」との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律するものではない。

もっとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、会社Yが優越し、事実上、従業員Xが会社Yの意思に服従せざるを得ない場合もあるが、そのような場合にも、人権規定の適用・類推適用はできない。

なぜなら、私人間の事実上の支配関係は様々で、どのような場合に「国等の支配と同視すべきか」の判定が困難であるから。

ただし、私的支配関係において、個人の自由・平等に対する侵害がある場合には、民法1条の信義則や権利濫用民法90条の公序良俗不法行為に関する諸規定によって調整を図ることは可能である。

憲法第19条
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

特定の思想を有することを理由に採用を拒否することは違法か?

違法ではない

憲法第22条(何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する)において、経済活動の自由を人権として保障している。

そのため、会社は、経済活動の一環として、契約締結の自由を有しており、「どのような労働者」を「どのような条件」で雇用するかを決定する自由がある。

したがって、会社が、特定の思想・信条を有するがゆえに、その者を雇うことを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。

会社の入社の選考にあたり、応募者の思想に関する事項を尋ねることは違法か?

違法ではない

上記の通り、労働者を採用するか否かの決定にあたり、労働者の思想・信条を調査し、そのためその者から関連する事項についての申告を求めることも違法ではない。

砂川事件とは?判旨・論点をわかりやすく解説|行書塾

砂川事件の結論まとめ

争点 日米安全保障条約の合憲性について、裁判所が司法審査を行うことができるか
結論 原則として司法審査は及ばない(統治行為論)
理由 安全保障条約は高度の政治性を有し、違憲かどうかの判断は内閣・国会の政治的裁量と表裏をなすため、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判所の審査権の範囲外となる

行政書士試験では、統治行為論の適用範囲として砂川事件と苫米地事件の違いが頻出です。砂川事件は「条約」に対する司法審査の限界、苫米地事件は「衆議院の解散」に対する司法審査の限界を扱った判例として、セットで押さえましょう。

論点

  1. 安全保障条約に司法審査が及ぶか?

事案

国は、米軍立川飛行場の拡張計画を考えていたが、当該計画に反対した砂川町の住民が反対運動をした。それにもかかわらず、国が拡張のための測量を開始したので、1000名以上の集団が境界柵の外側に集合し、その中の一部の者が境界柵を破壊した。破壊された境界柵から立ち入り禁止場所に入ったところ、この行為が法律に違反するとして、起訴された。

判決

安全保障条約に司法審査が及ぶか?

→及ばない

本件安全保障条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであって、安全保障条約の内容が違憲か否かの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす。

れ故、右違憲か否かの法的判断は、司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである

そして、本件安全保障条約は、違憲無効であることが一見きわめて明白であるとは到底認められないため、司法審査は及ばない。

最大判昭47.11.22:川崎民商事件

論点

  1. 旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?
  2. 旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

事案

昭和38年に、自宅店舗において川崎税務署収税官吏が、Xの所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとしていた。

これに対し、Xは、「何回くるんだ、事前通知がなければ調査に応じられない」などと大声をあげたり、また「あちらへ行こう」と収税官吏を引っ張ったりするなど、上記検査を拒んだ。

これが旧所得税法に違反するとしてXは起訴された。

憲法第35条(住居の不可侵)
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、現行犯逮捕の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

憲法第38条(黙秘権)
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

川崎民商事件の試験出題ポイント

川崎民商事件は、憲法35条(令状主義)と38条(黙秘権)が行政手続にも及ぶかという論点で繰り返し出題されています。判決の結論だけでなく、最高裁の論理構造を正確に押さえることが得点の鍵です。

頻出の出題パターン

  • 「刑事手続でないから憲法35条の保障は一切及ばない」→誤り。最高裁は、刑事手続でないとの理由のみで保障の枠外とは判断できないとしつつ、総合判断で令状不要と結論づけています。この「完全排除ではないが違反ではない」という二段構えの論理が引っかけポイントです。
  • 「行政調査には令状が常に不要である」→誤り。本判決はあくまで間接強制(罰則による心理的強制)の事案です。直接的物理的強制と同視すべき程度に達する行政調査であれば、令状が必要となる余地を残しています。
  • 「憲法38条1項の保障は純然たる刑事手続にのみ及ぶ」→誤り。判決は、刑事手続以外でも刑事責任追及のための資料取得に直接結びつく手続には保障が及ぶとしています。

関連判例との横断整理

川崎民商事件の理解を深めるには、荒川民商事件(最大判昭和48.7.10)も併せて確認しましょう。荒川民商事件では旧所得税法の質問検査権の範囲がさらに具体化されています。また、行政調査と刑事手続の区別という観点では、交通事故報告義務事件(最大判昭37.5.2)も憲法38条との関係で出題されるため、3判例をセットで整理しておくと択一式で確実に得点できます。

判決

旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?

→違反しない

旧所得税法の規定する検査拒否に対する罰則は、収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものである。

しかし、収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であって、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。

また、当該検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。

さらに、強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであるが、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたい

憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでない(収税官吏の検査)との理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

つまり、収税官吏の検査においても、憲法35条1項の保障の範囲外とは判断できない

しかし、総合して判断すれば、収税官吏の検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、憲法35条に違反しているとはいえない

旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

→違反しない

憲法38条1項は、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものである。

そして、上記保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、等しく及ぶものと解するのを相当とする。

しかし、収税官吏の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、当該検査、質問の規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。(=違反ではない)

小売市場距離制限事件をわかりやすく解説|規制目的二分論の原点【最大判昭47-11-22】

論点

  1. 営業の自由は憲法上保障されているか?
  2. 小売市場の許可規制は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

事案

X1株式会社は、市場経営を業とする法人であった。その代表者であるX2が、大阪府知事の許可を受けないで、東大阪市に平家(平屋)建て1棟を建設し、新しく小売市場とするために野菜商4店舗、生鮮魚介類商3店舗を含む49店舗を小売商人ら47名に貸し付けた。
この行為が、小売商業調整特別措置法第3条第1項に違反するとして、X1とX2が起訴された。

※小売商業調整特別措置法第3条第1項では、上記小売市場とするため、建物を貸し付ける行為については許可が必要であると規定しており、一方、許可の基準として、小売市場間の距離制限700m(半径700m以内に小売市場を設置できない)が設けられている。

判決

営業の自由は憲法上保障されているか?

→保障されている

憲法22条1項の職業選択の自由は、広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含している。

小売市場の許可規制は憲法22条1項(職業選択の自由)に違反しているか?

違反していない(合憲)

国が積極的な社会経済政策の実施の一手段として、立法により個人の経済活動に対し一定の規制措置を講ずることは、それが目的達成のため必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、憲法に反しない。

したがって、個人の経済活動に対する法的規制措置は、立法府がその裁量権の逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白な場合に限って、これを違憲とすることができる

本法による小売市場の許可規制は、国が社会経済の調和的発展を企図し、中小企業保護政策として採った措置であり、その目的において、一応の合理性を認めることができるし、規制の手段・対応においても著しく不合理であることが明白であるとは認められない。

したがって、小売市場の許可規制は、憲法22条1項に反せず、違憲ではない

レペタ事件(レペタ訴訟)とは?法廷メモの自由をわかりやすく解説【最大判平元-3-8】

論点

  1. 法廷でメモを取る自由は、憲法で保障されているか?
  2. 法廷でメモを取る行為を制限することはできるか?

事案

アメリカ国籍のレペタ氏Xは、アメリカワシントン州の弁護士で、国際交流基金の特別研究員として日本で経済法の研究を行っていた。その一環として、所得税法違反の事件の各公判を傍聴した。Xは、各公判期日の前に、担当裁判長に対して、7回にわたり傍聴席においてメモを取ることの許可を求めたが、いずれも許可されなかった。

そのためXは、上記不許可は憲法に違反するとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

判決

法廷でメモを取る自由は、憲法で保障されているか?

→憲法21条1項の精神に照らし尊重に値する

憲法21条1項では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」としている。

そして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上で欠くことのできないものである。

このような情報に接し、これを摂取する自由は上記趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然導かれるところである。

ただし、筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできない。

しかし、情報等の摂取を補助するためにする筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきである。

法廷でメモを取る行為を制限することはできるか?

特段の事情のない限り、制限することはできない

情報等の摂取を補助するためにする筆記行為の自由も、「他者の人権との調整」や「優越する公共の利益を確保する必要」から一定の合理的制限をうけることはやむを得ない。

しかも、筆記行為の自由は、憲法21条1項によって直接保障される表現の自由と異なり、その制限には、表現の自由に制約を加える場合の厳格な基準が要求されるものではない。

そして、公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べればはるかに優越する法益である。

しかし、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げることは通常ありえず、特段の事情がない限り、これを傍聴人の自由に任せることが憲法21条1項の趣旨に合致する。

森林法違憲判決(森林法共有林事件)をわかりやすく解説【最大判昭62-4-22】

論点

  1. 憲法29条1項は何を保障しているか?
  2. 森林法186条は憲法29条2項に違反するか?

事案

X、Yの兄弟は、父からそれぞれ山林の2分の1の持分を生前贈与され、共有登記をしていた。しかし、弟Xの反対を押し切って、兄Yが森林の一部を伐採したことから争いになった。

XはYを被告として、持分に応じた山林の分割等を請求する訴えを提起した。

規制目的二分論における森林法事件の位置づけ

財産権・経済的自由の規制についての違憲審査基準を理解するうえで、規制目的二分論の枠組みを押さえることが重要です。規制目的二分論とは、規制の目的が積極目的(政策的規制)消極目的(警察的規制)かによって、違憲審査の厳格度を変える考え方です。

森林法事件の判決は、この二分論との関係で独特の位置にあります。以下の比較表で3つの重要判例を整理しましょう。

判例小売市場距離制限事件
(最大判昭47.11.22)
薬事法距離制限事件
(最大判昭50.4.30)
森林法共有林事件
(最大判昭62.4.22)
規制の種類職業の自由(営業の自由)職業の自由(営業の自由)財産権(共有物分割請求権)
規制目的積極目的(中小企業保護政策)消極目的(国民の生命・健康への危険防止)積極目的とも消極目的とも明示せず
審査基準明白の原則(緩やかな審査)厳格な合理性の基準(中間審査)目的・手段の合理性審査(独自の枠組み)
結論合憲違憲違憲

森林法事件が二分論に収まらない理由

小売市場事件と薬事法事件では、規制目的が積極か消極かを明確に分類したうえで審査基準を設定しました。しかし森林法事件では、最高裁は規制目的の分類を行わず、財産権の種類・性質・規制の程度等を総合的に比較考量する枠組みを採用しています。

これは、財産権の規制が「多種多様」であることを理由に、目的二分論では対応しきれないと判断したものと解されています。行政書士試験では、3判例の審査基準の違いと、森林法事件が二分論の枠外にある点が問われるため、比較して整理しておきましょう。

判決

憲法29条1項は何を保障しているか?

私有財産制度のみならず、国民の個々の財産権についても保障している

憲法29条は、1項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障する。

森林法186条は憲法29条2項に違反するか?

違反する(違憲)

憲法29条2項では、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と規定されている。

財産権に対する規制は、財産権の種類、性質等が多種多様であり、また、財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため、種々様々でありうるのである。

したがって、財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものである。

また、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものである。

そこで、裁判所としては、①立法の規制目的が、公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制手段が目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであって、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法29条2項に違反すると解するのが相当である。

■そして、森林法186条(森林の共有者は、持分の過半数を有さない場合、分割請求ができない。)の立法目的は、森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。

この目的は、公共の福祉に合致しないことが明らかとはいえない。

ただし、共有者間に紛争が生じたときは、各共有者は、共有森林につき、保存行為を行うことができず、管理又は変更の行為を適法にすることができないこととなり、ひいては当該森林の荒廃という事態を招来することとなる。

また、一律に現物分割を認めないとすることは、同条の立法目的を達成する規制手段として合理性に欠け、必要な限度を超えるものというべきである

また、共有森林につき現物分割をしても直ちにその細分化を来すものとはいえないし、また、民法258条2項は、競売による代金分割の方法をも規定しているのであり、この方法により一括競売がされるときは、当該共有森林の細分化という結果は生じないのである。したがって、森林法186条は、目的を達成するについて必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。

したがって、森林法186条の規制手段は、同条の立法目的との関係で合理性と必要性のいずれも肯定できないことが明らかなので、憲法29条2項に違反し無効である。