テキスト

最判平17.9.14:在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

論点

  1. 在外日本人が、国政選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは適法か?
  2. 国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用を受けるか?

事案

平成10年の公職選挙法改正前は、「選挙人名簿に登録されていない者」は投票することができない、とされていた。

そして、選挙人名簿への登録は、3か月以上の当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うとされていたため、在外日本人は選挙人名簿への登録がなされず、国政選挙において、一切投票することができなかった。

その後、平成10年に同法が改正され、在外日本人も在外選挙人名簿に登録されていれば投票が可能となる在外選挙制が創設された。

しかし、対象となる選挙は、当分の間、衆議院・参議院の「比例代表選出議員」の選挙に限られていた。

そこで、平成8年の衆議院議員の総選挙において投票することができなかったXらは、国Yを被告として、選挙権の行使の機会を保障しないことは、憲法14条1項(法の下の平等)に違反すると主張し、改正前の公職選挙法の違法確認を、予備的に、Xらが「衆議院小選挙区選出議員および参議院選挙区選出の選挙」において選挙権を行使する権利を有することとの確認を求めて提訴した。

判決

在外日本人が、国政選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは適法か?

→適法である

本件の予備的確認請求に係る訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解することができる。

そして、その内容をみると、公職選挙法の改正がされないと、在外国民であるXらが、今後直近に実施されることになる「衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙」において投票をすることができず、選挙権を行使する権利を侵害されることになるので、

そのような事態になることを防止するために、Xらが、改正前の公職選挙法の規定が違憲無効であるとして、当該各選挙につき選挙権を行使する権利を有することの確認をあらかじめ求める訴えであると解することができる。

選挙権は、これを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず、侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものである。

したがって、その権利の重要性にかんがみると、具体的な選挙につき選挙権を行使する権利の有無につき争いがある場合にこれを有することの確認を求める訴えについては、それが有効適切な手段であると認められる限り、確認の利益を肯定すべきものである。

そして、本件の予備的確認請求に係る訴えは、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして、上記の内容に照らし、確認の利益を肯定することができるものに当たるというべきである。

なお、この訴えが法律上の争訟に当たることは論をまたない(当然である)。

そうすると、本件の予備的確認請求に係る訴えについては、引き続き在外国民であるXらが、次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を請求する趣旨のものとして適法な訴えということができる

国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用を受けるか?

→適用を受ける

国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。(国家賠償法1条1項の解説はこちら>>

したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきである。

仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない

しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。

上記内容から、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用を受けることが分かる。

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最判平17.7.15:病院開設の中止勧告

論点

  1. 病院開設中止の勧告は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

事案

Xは病院の開設を計画し、Y知事に対して、医療法7条1項の許可(病院開設の許可)の申請をした。

Yは、Xに対し、医療法30条の7の規定に基づき、「当該病院開設予定の地域内の必要病床数が達していること」を理由に、病院の開設の中止を勧告したが、Xはこの勧告を拒否した。

これを受けてYは、Xあてに「中止勧告にも関わらず、病院を開設した場合、保険医療機関の指定の拒否をする」旨の文書を送付した(通告)。

そこで、Xは、Yに対して、勧告の取消し、または本件通告処分の取消しを求めて出訴した。

判決

病院開設中止の勧告は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

→あたる

病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められている。

しかし、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。

そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる

このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。(つまり、処分性を有する

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最判平16.1.15 :法令解釈の誤りと過失(外国人の国民健康保険)

論点

  1. 日本に不法残留している外国人は、国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するか?
  2. 法律解釈を伴う行政処分が違法とされた場合に、直ちに公務員に過失があるといえるか?

事案

韓国籍のXは昭和51年に、許可を得て、日本に入国し、当該許可の失効後も残留した。

翌年Xは結婚し、2人の子供ももうけ、昭和60年から横浜市港北区において居住を開始した。

平成9年には外国人登録をして、同時に国民健康保険被保険者証の交付の申請をしたが、拒否された。

平成10年、Xの長男の脳腫瘍が判明したため、再度の申請をしたが、これも区長に拒否された(本件処分という)。

国民健康保険法5条では、「市町村の区域内に住所を有する者」が被保険者の要件とされており、この要件につき、厚生省(現厚生労働省)からは、1年以上の在留期間を認められた者に限られる旨等の通知(本件通知という)が発せられ、在留資格を有しない外国人は国民健康保険の適用外とされていた。このため、再度の申請に対して、区長は本件処分をしたものである。

これに対して、Xは、本件通知および本件処分が違法なものであり、これに起因して過分の治療費を負担したことを損害として、国Y1と横浜市Y2に対して国家賠償請求を提起した。

判決

日本に不法残留している外国人は、国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するか?

当該外国人が、当該市町村を居住地とする外国人登録をして、入管法50条所定の在留特別許可を求めており、入国の経緯、入国時の在留資格の有無及び在留期間、その後における在留資格の更新又は変更の経緯、配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情、我が国における滞在期間、生活状況等に照らし、当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み、将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められる場合、「住所を有する者」に該当する。

国民健康保険法5条にいう「住所を有する者」は、市町村の区域内に継続的に生活の本拠を有する者をいうものと解するのが相当である。

そして、外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には、当該外国人が在留資格を有するかどうか、その者の有する在留資格及び在留期間がどのようなものであるかが重要な考慮要素となるものというべきである。

そして、在留資格を有しない外国人は、入管法上、退去強制の対象とされているため、その居住関係は不安定なものとなりやすく、将来にわたって国内に安定した居住関係を継続的に維持し得る可能性も低いのである。

したがって、在留資格を有しない外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するというためには、単に市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず、少なくとも、当該外国人が、当該市町村を居住地とする外国人登録をして、入管法50条所定の在留特別許可を求めており入国の経緯、入国時の在留資格の有無及び在留期間、その後における在留資格の更新又は変更の経緯、配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情、我が国における滞在期間、生活状況等に照らし当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み、将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要である。

そして、本件について照らして考えると、Xは、「住所を有する者」にがいとうするというべきである。

そうすると、本件処分は違法であるというべきである。

法律解釈を伴う行政処分が違法とされた場合に、直ちに公務員に過失があるといえるか?

→直ちに過失があるとはいえない

上記の通り、本件処分は違法ではあるが、

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を遂行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない

本件についてみると、本件処分は、厚生省の通知に従って行われたものであり、社会保障制度を外国人に適用する場合には、そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から、国内に適法な居住関係を有する者のみを対象者とするのが一応の原則であると解されていることに照らせば、本件各通知には相当の根拠が認められるというべきである。

そして、事実関係等によれば、在留資格を有しない外国人が国民健康保険の適用対象となるかどうかについては、定説がない。

また、法5条の解釈につき本件各通知と異なる見解に立つ裁判例はなかったというのであるから、本件処分をした横浜市の担当者及び本件各通知を発した国の担当者に過失があったということはできない。

そうすると、Xの国家賠償責任は認められない。

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最判平15.9.4:労災就学援護費の支給決定

論点

  1. 労働基準監督署長が行う労災就学援護費の支給決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

事案

Xは、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金受給者であり、その子Aのために労災就学援護費の支給を受けていた。

そして、Aが外国のB大学に進学したため、Xは、中央労働基準監督署長Yに、Aの学資にかかる労災就学援護費の支給申請をした。

これに対して、Yは、B大学が学校教育法1条所定の学校でないとの理由で、援護費を支給しない旨の決定をした。

そこで、Xは、当該決定の取消訴訟を提起した。

判決

労働基準監督署長が行う労災就学援護費の支給決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

→あたる

働者災害補償保険法23条1項2号は、政府は、労働福祉事業として、遺族の就学の援護等、被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業を行うことができると規定し、同条2項は、労働福祉事業の実施に関して必要な基準は労働省令で定めると規定している。

これを受けて、労働者災害補償保険法施行規則1条3項は、労災就学援護費の支給に関する事務は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長が行うと規定している。

そして、「労災就学援護費の支給について」と題する労働省労働基準局長通達は、労災就学援護費は法23条の労働福祉事業として設けられたものであることを明らかにした上、その別添「労災就学等援護費支給要綱」において、労災就学援護費の支給対象者、支給額、支給期間、欠格事由、支給手続等を定めており、所定の要件を具備する者に対し、所定額の労災就学援護費を支給すること、労災就学援護費の支給を受けようとする者は、労災就学等援護費支給申請書を業務災害に係る事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に提出しなければならず、同署長は、同申請書を受け取ったときは、支給、不支給等を決定し、その旨を申請者に通知しなければならないこととされている。

このような労災就学援護費に関する制度の仕組みにかんがみれば、法は、労働者が業務災害等を被った場合に、政府が、保険給付を補完するために、労働福祉事業として、保険給付と同様の手続により、被災労働者又はその遺族に対して労災就学援護費を支給することができる旨を規定しているものと解するのが相当である。

そして、被災労働者又はその遺族は、具体的に支給を受けるためには、労働基準監督署長に申請し、所定の支給要件を具備していることの確認を受けなければならず、労働基準監督署長の支給決定によって初めて具体的な労災就学援護費の支給請求権を取得するものといわなければならない。

そうすると、労働基準監督署長の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、被災労働者又はその遺族の上記権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である。(処分性を有する)

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最判平14.7.9:宝塚市パチンコ条例事件

論点

  1. 国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

事案

宝塚市Xの条例に「パチンコ店等の建築物を建築するためには市長の同意を必要とし、この規定に違反して建築しようとする者に対し、市長は建築の中止、原状回復その他必要な措置を講じるよう命じることができる」旨の規定があった。

宝塚市長は、上記規定に違反してパチンコ店を建築しようとするYに対して、その建築工事の中止を命じた。

しかし、Yがこれに従わなかったため、宝塚市Xは、Yに対して、建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。

判決

国または地方公共団体が行政権の主体として国民に対して行政上の義務履行を求める訴訟は適法か?

不適法である

行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる

そうだとすると、国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきである。

一方、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。

そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。

また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。

したがって、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである

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最判平14.1.17:二項道路の一括指定の告示

論点

  1. 告示により一括して2項道路を指定することは、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

事案

建築基準法42条の2項道路とは?

敷地の前にある道路の幅が、4m未満の場合、非常に狭くて、危ないです。そのため、2項道路(建築基準法42条2項に規定されている道路)に指定することにより、道路の幅を4m確保するために、道路沿いの敷地の一部が道路になってしまいます。そのため、敷地所有者としては、自分の土地の一部が道路になり、使えなくなるという不利益が生じるわけです。

奈良県知事Yは、県の告示により幅員4m未満1.8m以上の道を、建築基準法42条2項のみなし道路して一括で指定した。

Xは、所有地に建物を新築するに先立ち、その敷地に接し、その一部が2項道路に該当するかを建築主事Aに確認したところ、2項道路に該当する旨の回答を得た。

Xはこれを不服として、本件2項道路の指定処分が存在しないことの確認を求める訴訟を提起した。

判決

告示により一括して2項道路を指定することは、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

→あたる

原判決(高裁判決)では、本件告示は、包括的に一括して幅員4m未満1.8m以上の道を2項道路とすると定めたにとどまり、本件通路部分等特定の土地について個別具体的にこれを指定するものではなく、不特定多数の者に対して一般的抽象的な基準を定立するものにすぎないのであって、これによって直ちに建築制限等の私権制限が生じるものでないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとし、本件訴えを不適法なものとして却下した。

しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。

その理由は次のとおりである。

本件告示によって2項道路の指定の効果が生じるものと解する以上、このような指定の効果が及ぶ個々の道は2項道路とされ、その敷地所有者は当該道路につき道路内の建築等が制限され(法44条)、私道の変更又は廃止が制限される(法44条)等の具体的な私権の制限を受けることになる

そうすると、特定行政庁による2項道路の指定は、それが一括指定の方法でされた場合であっても、個別の土地についてその本来的な効果として具体的な私権制限を発生させるものであり、個人の権利義務に対して直接影響を与えるものということができる。

したがって、本件告示のような一括指定の方法による2項道路の指定も、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解すべきである。

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最判平11.7.19:タクシー運賃変更の認可申請却下と裁量権

論点

  1. 道路運輸法が定める適正原価適正利潤条項の適合性判断について、運輸局長に裁量が認められるか?
  2. タクシー事業者の運賃変更の認可申請に対する運輸局長の却下の判断にその裁量権の逸脱・濫用はあるか?

事案

Xらは、大阪市およびその周辺地域おいてタクシー事業を営んでいた。Xらは、平成元年の消費税の施行の際に、消費税を転嫁するための運賃変更の認可申請をせず、また、平成3年3月に同業他社が運賃変更の認可申請をして、認可されていたにも関わらず、Xらは認可申請をしなかった。

その直後の3月29日に、Xらは、消費税転嫁のため3%の値上げを内容とする運賃変更の認可申請を近畿運輸局長に対して行った。

近畿運輸局長は、申請をただちに受理せず、約1か月行政指導を行った後、4月30日に申請を受理した。

そして、9月12日、Xらの申請には、道路運輸法9条の3第2項1号に定める基準に適合しているか否かを判断するための資料がないことを理由に(運賃変更の理由は消費税分と言うだけで、計算の根拠を明らかにしなかったので)、申請を却下の決定をした。

そこで、Xらは、申請をただちに受理し認可すべきであったにも関わらず、受理せず、4か月以上も決定を行わず、違法に却下したとして、国Yに対し、同年6月から8月までの3か月分の運賃の3%に相当する額の損害賠償を求めて、国家賠償請求訴訟を提起した。

道路運輸法第9条の3
一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者は、旅客の運賃及び料金を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様とする。
2 国土交通大臣は、前項の認可をしようとするときは、次の基準によって、これをしなければならない。
一 能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること。

判決

道路運輸法が定める適正原価適正利潤条項の適合性判断について、運輸局長に裁量が認められるか?

→認められる

道路運輸法9条の3第2項1号の趣旨は、一般旅客自動車運送事業の有する公共性ないし公益性にかんがみ、安定した事業経営の確立を図るとともに、利用者に対するサービスの低下を防止することを目的としたものと解するのが相当である。

この趣旨からすると、運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合において、変更に係る運賃の額が能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないときは、たとい右値上げにより一定の利潤を得ることができるとしても、同号の基準に適合しないものと解すべきである。

そして、道路運輸法9条の3第2項1号の基準は抽象的、概括的なものであり、右基準に適合するか否かは、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない
(運輸局長に裁量が認められる)

タクシー事業者の運賃変更の認可申請に対する運輸局長の却下の判断にその裁量権の逸脱・濫用はあるか?

→ない

運輸局長は、本件申請に対する許否の判断に当たり、Xらの提出する原価計算書その他の書類に基づき、本件申請に係る運賃の変更が法9条の3第2項1号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に個別に審査しようとした。

そして、運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、同号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として、合理性を有するものである、

したがって、同局長において本件申請に係る運賃の変更が同号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたことは、相当な措置であったというべきである。

そして、Xらは、運賃変更の理由は消費税の転嫁である旨の陳述をしたのみで、右原価計算の算定根拠等を明らかにしなかった。

そのため、同局長においてXらの提出した書類によっては被上告人らの採用した原価計算の合理性について審査判断することができなかった。

そうであるとすれば、本件申請について、同号の基準に適合するか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、本件却下決定をした同局長の判断に、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用した違法はないというべきである。

最判平11.11.19:公文書の非公開決定における理由の差替え

論点

  1. 処分理由の付記が要求されている処分について訴訟で争われた際に、行政庁が当初の処分理由以外の理由を追加して主張できるか?

事案

神奈川県逗子市の住民Xは、逗子市情報公開条例に基づき、逗子市監査委員Yに対して、住民監査請求に関する記録の公開を請求した。

これに対して、Yは、対象文書中に関係人の事情聴取記録に、非公開事由があるという理由を付記して、公開しない旨の決定をした。

そこで、Xは、本件処分の取消訴訟を提起した。

そして、Yは、訴訟の段階で、公開しない旨の理由について、別の理由を追加した。

判決

処分理由の付記が要求されている処分について訴訟で争われた際に、行政庁が当初の処分理由以外の理由を追加して主張できるか?

認められる

本件条例において、実施機関Yが公開請求に係る情報の閲覧、視聴取及びその写しの交付を拒むときは、非公開決定の通知に併せてその理由を通知しなければならないと規定している理由は、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。

そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること自体をもってひとまず実現される。

そうだとすれば、本件条例の規定における理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関Yが「当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないもの」とする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。

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最判平8.7.2:在留資格変更後の更新不許可処分

論点

  1. 本人の意思に反して在留資格が変更された場合、その後の更新の際に、その経緯を考慮することなく、現在の許可基準に基づいて更新不許可とすることは適法か?

事案

Xは中国籍の男性である。

日本国籍の女性Aと婚姻し、「日本人の配偶者又は子」という在留資格(在留期間1年)を取得して、入国を許可された。

しかし、入国後、XはAと不仲になりA方を出て別居するようになった。

XはAと別居後も「日本人の配偶者又は子」の在留資格によって数回更新許可を受けて滞在していた。

しかし、法務大臣Yは、長期の別居により婚姻の実体が失われたとして、Xの意に反してXの更新申請を「短期滞在の在留資格」として取り扱い、「短期滞在(在留期間90日)」への在留資格の変更許可を行った。

一方、Aは、在留資格変更許可処分後に、Xとの間の婚姻関係が有効であることが判決によって確定した。

その後、Xは更新申請したが、「短期滞在」目的は終了したとして、不許可処分を行った。

これに対して、Xは当該不許可処分の取消しを求めて提訴した。

判決

本人の意思に反して在留資格が変更された場合、その後の更新の際に、その経緯を考慮することなく、現在の許可基準に基づいて更新不許可とすることは適法か?

→違法

上告人は、通常であれば、当該外国人につき、「短期滞在」の申請に対しては、「短期滞在の」の在留資格に対応する基準で判断すれば足り、他の在留資格に対応する基準について考慮する必要のない。

しかし、Yは、Xの意に反して在留資格を「短期滞在」に変更する旨があったものと取り扱って、これを許可することで、Xが「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新を申請する機会を失わせたものと判断できる。

しかも、当該不許可処分をしたときには、すでに、XとAとの婚姻関係が有効である旨の判決が確定していた。

少なくとも、被上告人の在留資格が「短期滞在」に変更されるに至った経緯を考えると、Yは、信義則上、「短期滞在」の在留資格による在留期間の更新を許可した上で、Xに対し、「日本人の配偶者等」への在留資格の変更申請をしてXが「日本人の配偶者等」の在留資格に属する基準によって、公権的判断を受ける機会を与えることを要したものというべきである。
(法務大臣Yは上記のように、Xに対して、「日本人の配偶者等」の在留資格に属する基準によって、公権的判断を受ける機会を与えるべきであった)

以上のことから、Yの不許可処分は、上記のような経緯を考慮していない点において、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと評価され、違法である。

最判平5.3.30:テニスコート審判台転倒事件

論点

  1. 設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用して生じた事故につき、国家賠償法2条の責任を負うか?

事案

X1は、妻X2らとともに、長男A(当時5歳)を連れて、Y町の設置するB中学校の校庭内でテニスをしていた。

その間、Aは球拾いなどをして遊んでいたが、その後、テニスコートの横にある審判台に昇り、審判台の座席の後部の鉄パイプを握って降りようとしたため、本件審判台が後方に倒れ、Aはその下敷きとなり、死亡した。

X1らは、本件審判台の設置管理者であるY町を被告として、国家賠償法2条1項に基づいて国家賠償訴訟を提起した。

判決

設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用して生じた事故につき、国家賠償法2条の責任を負うか?

→負わない

国家賠償法2条1項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである。

本件でみると、一般に、テニスの審判台は、審判者がコート面より高い位置から競技を見守るための設備であり、座席への昇り降りには、そのために設けられた階段によるべきことはいうまでもなく、審判台の通常有すべき安全性の有無は、この本来の用法に従った使用を前提とした上で、何らかの危険発生の可能性があるか否かによって決せられるべきものといわなければならない。

営造物の設置管理者は、本件の例についていえば、審判台が本来の用法に従って安全であるべきことについて責任を負うのは当然として、その責任は原則としてこれをもって限度とすべく、本来の用法に従えば安全である営造物について、これを設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用しないという注意義務は、利用者である一般市民の側が負うのが当然であり、幼児について、異常な行動に出ることがないようにさせる注意義務は、もとより、第一次的にその保護者にあるといわなければならない。

そして、本件事案のような使用をすれば、本来その安全性に欠けるところのない設備であっても、何らかの危険を生ずることは避け難いところである。

幼児が異常な行動に出ることのないようにしつけるのは、保護者の側の義務であり、このような通常予測し得ない異常な行動の結果生じた事故につき、保護者から設置管理者に対して責任を問うというのは、もとより相当でない。

したがって、国YがXらに対して国家賠償法2条1項所定の責任を負ういわれはない。

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