Aが所有する甲建物(以下「甲」という)につき、Bのために抵当権が設定されて抵当権設定登記が行われた後、Cのために賃借権が設定され、Cは使用収益を開始した。この場合に関する次の記述のうち、民法の規定および判例に照らし、妥当なものはどれか。
- Bの抵当権設定登記後に設定されたCの賃借権はBに対して対抗することができないため、Bは、Cに対して、直ちに抵当権に基づく妨害排除請求として甲の明渡しを求めることができる。
- Bの抵当権が実行された場合において、買受人Dは、Cに対して、直ちに所有権に基づく妨害排除請求として甲の明渡しを求めることができる。
- AがCに対して有する賃料債権をEに譲渡し、その旨の債権譲渡通知が内容証明郵便によって行われた後、Bが抵当権に基づく物上代位権の行使として当該賃料債権に対して差押えを行った場合、当該賃料債権につきCがいまだEに弁済していないときは、Cは、Bの賃料支払請求を拒むことができない。
- Cのための賃借権の設定においてBの抵当権の実行を妨害する目的が認められ、Cの占有により甲の交換価値の実現が妨げられてBの優先弁済権の行使が困難となるような状態がある場合、Aにおいて抵当権に対する侵害が生じないように甲を適切に維持管理することが期待できるときであっても、Bは、Cに対して、抵当権に基づく妨害排除請求として甲の直接自己への明渡しを求めることができる。
- CがAの承諾を得て甲をFに転貸借した場合、Bは、特段の事情がない限り、CがFに対して有する転貸賃料債権につき、物上代位権を行使することができる。
【答え】:3
【解説】
1・・・妥当でない
【事案の整理】
- Aが所有する甲建物に、Bのために抵当権が設定され、その抵当権設定登記も完了している。
- その後、Cが甲建物の賃借権を取得し、使用収益(占有)を開始している。
- このとき問題となるのは、「Cの賃借権は、Bに対抗できるか?」「Bは、Cに対して明渡しを求められるか?」という点です。
【解説】
たしかに、Cの賃借権は、Bの抵当権設定登記後に設定されたものなので、原則としてBに対抗できません(物権変動の対抗関係)。
しかし、B(抵当権者)が直ちにCに対して明渡しを請求できるわけではありません。
▼ 最判平成17年3月10日の趣旨
抵当権者が占有者に対して妨害排除請求(明渡し請求など)をするには、以下のような特段の事情が必要です。
【判例の要点】
抵当不動産を占有する者が、抵当権設定登記後に占有権原(この場合は賃借権)を取得している場合でも、
その占有が、
- 競売手続を妨害する目的によるものであり、
- 占有により抵当不動産の交換価値の実現(売却代金の確保)が妨げられ、
- 優先弁済請求権の行使が困難となる
ような事情がある場合には、抵当権に基づく妨害排除請求が認められる。
また、
抵当不動産の所有者が、抵当権の価値を適切に維持できない場合には、抵当権者が直接、明渡しを求めることができる。
したがって、
Cの賃借権がBに対抗できないからといって、直ちに明渡しを請求できるわけではなく、
競売妨害や交換価値の毀損など、特段の事情がある場合に限り、明渡しなどの妨害排除請求が認められます。
よって、抵当権者が占有者(賃借人)に対して明渡しを請求するには、特段の事情が必要であり、「直ちに」明渡し請求できるわけではないから、本肢は妥当ではありません。
2・・・妥当でない
【事案の整理】
- Aが所有する甲建物に、Bの抵当権が設定・登記された。
- その後、Cが甲建物について賃借権を取得し、使用収益(占有)を開始。
- そして、Bの抵当権が実行され、甲建物が競売にかけられ、Dが買い受けた。
- このとき、D(買受人)がC(賃借人)に対して、直ちに明渡しを求められるか?が問われています。
【解説】
本件のCは、抵当権設定登記後に賃借権を取得した者であり、抵当権者には対抗できない立場にあります。
しかし、それにもかかわらず、Cには一定の保護期間が認められています。
▼ 民法395条1項1号(抜粋)
つまり、買受人Dは、たとえCの賃借権が対抗力を持たなかったとしても、Cが建物に居住していた、または営業のために使用していた場合には、買受けから6ヵ月間は明渡しを求めることができません。
したがって、民法395条1項1号により、Cが甲建物を居住または営業目的で使用している場合、Dは買受けの時から6ヵ月間は明渡し請求ができません。
したがって、「直ちに明渡し請求ができる」とする記述は妥当でありません。
3・・・妥当である
債権譲渡の対抗要件が具備された後であっても、Cがまだ弁済していなければ、Bが差押えをすることで物上代位が可能であり、CはBへの支払を拒めない(最判平成10年1月30日)ので、本肢は妥当です。
【事案の整理】
- Aが甲建物の所有者。
- BはAから抵当権を設定され、抵当権設定登記も済んでいる。
- その後、AはCに甲建物を賃貸し、Cは賃料を支払っている立場。
- AはCに対する賃料債権を第三者Eに譲渡し、その通知も内容証明郵便でなされている(対抗要件あり)。
- その後、Bが抵当権に基づく物上代位権の行使として、この賃料債権を差し押さえた。
- このとき、Cがまだ賃料をEに支払っていない状況。
【解説】
▼ 物上代位とは?
抵当権は、本来「不動産などの特定物」に効力が及びますが、その目的物が売却・賃貸・滅失等されたことで生じる「金銭債権」にも、抵当権者が差押えをすることで効力が及ぶ制度です(これを「物上代位」といいます)。
※ 物上代位をするには「払渡し・引渡しの前に差押え」が必要。(民法304条1項)
▼ 問題のポイント
本問でのポイントは以下の通りです。
- A→Eへの債権譲渡は、通知により対抗要件も備えられている。
- にもかかわらず、Bはその後、差押えをして物上代位権を行使した。
- CはまだEに賃料を支払っていない(=債権の履行が済んでいない)。
▼ 判例の立場(最判平成10年1月30日)
このような状況について、判例は以下のように述べています。
抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が具備された後であっても、
その債権が現実に履行される前である限り、差押えによって物上代位権を行使できる。
つまり、たとえ賃料債権がEに譲渡されていても、Cがまだ支払っていないなら、Bが差押えすることで「物上代位」が成立し、Bがその債権を取得するということです。
よって、Cは、すでに支払い済みであれば、当然Bに対抗できますが、支払っていないなら、Bの差押えによって支払先がBに切り替わるということになります。
したがって、Cは、Bによる支払請求を拒むことができません。
4・・・妥当でない
「Aが甲を適切に維持管理できる」ときには、抵当権者Bは、Cに対して自己への直接明渡しを求めることはできない(最判平成17年3月10日)ので、本肢は妥当ではありません。
【事案の整理】
- A:甲建物の所有者
- B:甲に対する抵当権者(登記済み)
- C:Bの抵当権設定登記後に、Aから賃借権を設定され、甲を使用収益している
ここで、以下のような事実関係が加わっています。
- Cの占有目的が抵当権の実行を妨害する意図による
- Cの占有によって、甲の交換価値の実現が妨げられ、Bの優先弁済の行使が困難な状態
さらに、
- Aが甲を適切に維持管理できると期待できる状況
このとき、BがCに対して直接、甲の明渡しを求めることができるか?が問題となっています。
本肢のキーワードは「抵当権者は、直接明渡しを請求できるのはどんなときか?」にあります。
この点についての最高裁判例(平成17年3月10日)は、次のように判断しています。
【最判平成17年3月10日】
▼ 抵当権者が占有者に対して「状態の排除(例:退去)」を求めることができる要件
以下のような事情があれば、「状態の排除請求(一般的な妨害排除請求)」が認められます。
- 占有者(C)が抵当権設定登記後に占有権原を得ている
- その設定が抵当権実行(競売手続)の妨害を目的としている
- 占有により抵当不動産の交換価値が失われ、抵当権の実現が困難になっている
ただし、この場合でも、抵当権者が直接「自己への明渡し」を求めることができるかは、また別の要件になります。
▼ 「自己への明渡し」を請求できる追加要件
「抵当不動産の所有者(A)において、抵当権侵害が生じないよう適切に維持管理することが期待できないとき」に限り、抵当権者(B)はCに自己への直接明渡しを求めることができる。
【本肢の状況との照合】
本肢は、Aは「抵当権侵害が生じないよう甲を適切に維持管理できると期待できる」と記述されています。よって、上記要件を満たしていないです。
したがって、BはCに対して直接明渡しを求めることはできないです。
5・・・妥当でない
転貸賃料債権は、抵当不動産の所有者(A)のものではなく、賃借人Cのものです。
そのため、賃借人は、抵当不動産に対して担保責任を負う立場にないため、抵当権者Bは物上代位権を行使できません(最判平成12年4月14日)。よって、本肢は妥当ではありません。
【事案の整理】
- A:甲建物の所有者
- B:甲に設定された抵当権者(登記済)
- C:Bの抵当権設定登記後に甲建物の賃借人となり、使用収益を開始
- Cは、Aの承諾を得て、甲建物をFに転貸し、Fから転貸賃料を受け取っている
- このとき、BがCのFに対する転貸賃料債権に物上代位できるか?が問われています。
【解説】
▼ 物上代位の基本(民法372条・304条)
抵当権は、本来不動産などの特定物に対する担保権ですが、それが売却・賃貸・滅失等されたことにより生じた「金銭その他の物」についても、差押えを条件として担保の効力が及ぶ(物上代位)とされています。
抵当権の効力は、その目的物の「売却、賃貸、滅失、損傷」によって債務者が受けるべき金銭その他の物にも及ぶ。
つまり、抵当不動産の賃料収入などは物上代位の対象となりえます。
【では、転貸賃料債権は?】
ここで問題となるのが、Cが受け取る「転貸賃料債権」です。
Cは、所有者Aから甲建物を借りているだけの第三者(賃借人)であり、抵当不動産の所有者ではありません。
▼ 判例の立場(最判平成12年4月14日)
この判例は、次のように明確に述べています。
抵当権者は、抵当不動産の賃借人が転貸によって取得した転貸賃料債権に対して、物上代位権を行使することはできない。
これは、賃借人が抵当不動産の担保責任を負う立場にないためである。
つまり、物上代位の対象となるのは、あくまで抵当不動産の所有者(またはそれに準ずる地位にある者)が得る代替財産であって、賃借人が転貸で得た賃料収入には及ばないという立場です。
よって、本肢は、「抵当権者Bは、賃借人Cが転借人Fに対して有する転貸賃料債権につき、物上代位権を行使することができる」となっているので、妥当ではありません。
令和6年(2024年)過去問
問1 | 基礎法学 | 問31 | 民法 |
---|---|---|---|
問2 | 基礎法学 | 問32 | 民法 |
問3 | 憲法 | 問33 | 民法 |
問4 | 憲法 | 問34 | 民法 |
問5 | 憲法 | 問35 | 民法 |
問6 | 憲法 | 問36 | 商法 |
問7 | 憲法 | 問37 | 会社法 |
問8 | 行政法 | 問38 | 会社法 |
問9 | 行政法 | 問39 | 会社法 |
問10 | 行政法 | 問40 | 会社法 |
問11 | 行政手続法 | 問41 | 多肢選択 |
問12 | 行政手続法 | 問42 | 多肢選択 |
問13 | 行政手続法 | 問43 | 多肢選択 |
問14 | 行政不服審査法 | 問44 | 行政法・40字 |
問15 | 行政不服審査法 | 問45 | 民法・40字 |
問16 | 行服法・行訴法 | 問46 | 民法・40字 |
問17 | 行政事件訴訟法 | 問47 | 基礎知識 |
問18 | 行政事件訴訟法 | 問48 | 基礎知識 |
問19 | 行政事件訴訟法 | 問49 | 基礎知識 |
問20 | 国家賠償法 | 問50 | 基礎知識 |
問21 | 国家賠償法 | 問51 | 基礎知識 |
問22 | 地方自治法 | 問52 | 行政書士法 |
問23 | 地方自治法 | 問53 | 住民基本台帳法 |
問24 | 地方自治法 | 問54 | 基礎知識 |
問25 | 行政法 | 問55 | 基礎知識 |
問26 | 公文書管理法 | 問56 | 基礎知識 |
問27 | 民法 | 問57 | 個人情報保護法 |
問28 | 民法 | 問58 | 著作権の関係上省略 |
問29 | 民法 | 問59 | 著作権の関係上省略 |
問30 | 民法 | 問60 | 著作権の関係上省略 |
