国家賠償に関する次のア~エの記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、その正誤を正しく示す組合せはどれか。
ア.教科用図書の検定にあたり文部大臣(当時)が指摘する検定意見は、すべて、検定の合否に直接の影響を及ぼすものではなく、文部大臣の助言、指導の性質を有するものにすぎないから、これを付することは、教科書の執筆者または出版社がその意に反してこれに服さざるを得なくなるなどの特段の事情のない限り、原則として、国家賠償法上違法とならない。
イ.政府が物価の安定等の政策目標を実現するためにとるべき具体的な措置についての判断を誤り、ないしはその措置に適切を欠いたため当該政策目標を達成できなかった場合、法律上の義務違反ないし違法行為として、国家賠償法上の損害賠償責任の問題が生ずる。
ウ.町立中学校の生徒が、放課後に課外のクラブ活動中の運動部員から顔面を殴打されたことにより失明した場合において、当該事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のない限り、顧問の教諭が当該クラブ活動に立ち会っていなかったとしても、当該事故の発生につき当該教諭に過失があるとはいえない。
エ.市内の河川について市が法律上の管理権をもたない場合でも、当該市が地域住民の要望にこたえて都市排水路の機能の維持および都市水害の防止など地方公共の目的を達成するために河川の改修工事をして、これを事実上管理することになったときは、当該市は、当該河川の管理につき、国家賠償法2条1項の責任を負う公共団体にあたる。
-
- ア:誤 イ:誤 ウ:正 エ:正
- ア:誤 イ:誤 ウ:正 エ:誤
- ア:誤 イ:正 ウ:誤 エ:誤
- ア:正 イ:正 ウ:誤 エ:誤
- ア:正 イ:正 ウ:正 エ:誤
【答え】:1(ア:誤 イ:誤 ウ:正 エ:正)
【解説】
ア・・・誤り
本肢では「検定意見はすべて合否に直接影響を及ぼさない」と断定していますが、
これは明らかに 修正意見の存在を無視している点で誤りです。
この問題は、教科書検定制度において文部大臣(当時)が行う「検定意見」が、
国家賠償法上違法となるか否かについて争われた 最高裁平成9年8月29日判決 をもとにしています。
当時の検定意見には、主に2種類がありました。
◆① 修正意見
検定合格の条件として付されるもので、執筆者がこれに従って記述を修正しない限り、教科書は合格とならない。
つまり、検定の合否に直接の影響を及ぼすものである。
このような意見は、場合によっては執筆者の思想・表現の自由等を侵害し、国家賠償法上の違法性が問題となり得る。
◆② 改善意見
内容上の改善を求める助言的なものであり、合否には直接関係しない。
教科書の記述内容をより良くするための「行政指導」の一種。
原則として違法ではないが、執筆者等がその意に反して従わざるを得ない状況に追い込まれるような特段の事情があれば、違法と評価される可能性もある。
イ・・・誤り
本肢は、「判断を誤ったり措置が適切を欠いた場合に、国家賠償法上の損害賠償責任が生ずる」としていますが、
それはあくまで政治的に責任を問われる範囲であり、
法律上の義務違反とまではいえないというのが最高裁の判断です。
この問題は、政府の経済政策などの高度な政策判断が、
国家賠償法上の「違法な公権力の行使」となりうるかを問うものです。
これに対して、最高裁昭和57年7月15日判決(郵便貯金インフレ損失訴訟)は次のように明言しています。
- 目標(物価の安定、国民経済の健全な発展等)を調和的に実現するために、
政府がその時々の内外の情勢を考慮して具体的にどのような措置をとるかは、
政府の裁量的な政策判断に委ねられている事柄である。 - たとえその判断に誤りがあったり、措置が適切でなかったりして、政策目標を達成できなかったとしても、
法律上の義務違反や国家賠償法上の違法行為とはならない。 - 責任があるとしても、それは政治的責任にとどまる。
ポイント整理が重要なので、個別指導で解説します。
ウ・・・正しい
本肢は、課外活動での事故について、予見可能性がなければ顧問教諭の不在による過失は否定されるとする最高裁判例の考え方に基づいています。よって、正しいです。
この問題は、学校活動中の事故における教諭の監督義務と過失責任について問うものです。
特に、課外活動(放課後のクラブ活動)において事故が起きた場合に、顧問教諭がその場にいなかったことが直ちに過失となるかが争点となります。
判例:最高裁昭和58年2月18日判決(クラブ活動失明事件)
本件は、町立中学校の生徒が放課後のクラブ活動中に、トランポリンを使用していたところ、
別の運動部員から顔面を殴打されて失明したという事故について、
顧問教諭の不在に過失があるかどうかが争われた国家賠償請求事件です。
最高裁は、次のように判断しました。
◆ 教諭の一般的注意義務はある
課外のクラブ活動であっても、学校の教育活動の一環である以上、
学校および顧問教諭には、生徒を指導・監督し事故を未然に防ぐ一般的注意義務がある。
◆ ただし、常時立会い義務までは認められない
課外活動は生徒の自主性を尊重すべき活動である。
よって、常に顧問教諭が立ち会い、監視・指導すべき義務があるとは限らない。
◆ 過失の有無は「予見可能性」が鍵
事故発生が予見可能であったかどうかが、顧問教諭に過失があるかの判断基準となる。
予見可能性を検討するには、次のような事情を総合的に考慮する必要がある。
- 体育館の利用状況や過去のトラブルの有無
- トランポリンの使用ルールや指導の有無
- 生徒間の対立・紛争歴の有無
- 暴力を防ぐ教育がされていたか など
◆ 本件での結論
特段の事情(予見可能性)が認められなければ、顧問教諭が体育館に立ち会わなかったことをもって、ただちに過失があるとはいえないとされました。
エ・・・正しい
本肢は正しいです。法律上の管理権限がなくても、事実上管理している地方公共団体であれば、国家賠償法2条1項に基づく責任を負うとした判例に基づいています。
この問題は、公共施設(河川)の管理に関する国家賠償法第2条第1項の適用について問うものです。
争点は、「法律上の管理権がない地方公共団体であっても、事実上の管理をしている場合に国家賠償責任を負うのか?」という点です。
◆ 国家賠償法第2条第1項の趣旨
その工作物を設置または管理する公共団体が損害を賠償する責任を負う。
ここでのポイントは、「管理している」という事実です。
必ずしも法律上の管理権限がなければならないわけではなく、
実際に管理行為を行っているかどうか(=事実上の管理)が重視されます。
◆ 判例:最判昭和59年11月29日
この判例では、市が法律上は管理権を持っていなかった河川(普通河川)について、
地域住民の要望に応じて排水機能の改善・水害防止のために改修工事を行い、
以後その河川を事実上管理していたことを理由に、
当該市を国家賠償法2条1項における「管理者」と認定しました。
判示要旨:
- 市が改修工事を行い、以後当該溝渠について事実上の管理をすることになった以上、
その管理に瑕疵があったときは、市は国家賠償法2条により損害賠償責任を負う。 - これは、国や都道府県が当該施設について法律上の管理権を有するか否かによって左右されるものではない。
令和6年(2024年)過去問
問1 | 基礎法学 | 問31 | 民法 |
---|---|---|---|
問2 | 基礎法学 | 問32 | 民法 |
問3 | 憲法 | 問33 | 民法 |
問4 | 憲法 | 問34 | 民法 |
問5 | 憲法 | 問35 | 民法 |
問6 | 憲法 | 問36 | 商法 |
問7 | 憲法 | 問37 | 会社法 |
問8 | 行政法 | 問38 | 会社法 |
問9 | 行政法 | 問39 | 会社法 |
問10 | 行政法 | 問40 | 会社法 |
問11 | 行政手続法 | 問41 | 多肢選択 |
問12 | 行政手続法 | 問42 | 多肢選択 |
問13 | 行政手続法 | 問43 | 多肢選択 |
問14 | 行政不服審査法 | 問44 | 行政法・40字 |
問15 | 行政不服審査法 | 問45 | 民法・40字 |
問16 | 行服法・行訴法 | 問46 | 民法・40字 |
問17 | 行政事件訴訟法 | 問47 | 基礎知識 |
問18 | 行政事件訴訟法 | 問48 | 基礎知識 |
問19 | 行政事件訴訟法 | 問49 | 基礎知識 |
問20 | 国家賠償法 | 問50 | 基礎知識 |
問21 | 国家賠償法 | 問51 | 基礎知識 |
問22 | 地方自治法 | 問52 | 行政書士法 |
問23 | 地方自治法 | 問53 | 住民基本台帳法 |
問24 | 地方自治法 | 問54 | 基礎知識 |
問25 | 行政法 | 問55 | 基礎知識 |
問26 | 公文書管理法 | 問56 | 基礎知識 |
問27 | 民法 | 問57 | 個人情報保護法 |
問28 | 民法 | 問58 | 著作権の関係上省略 |
問29 | 民法 | 問59 | 著作権の関係上省略 |
問30 | 民法 | 問60 | 著作権の関係上省略 |
