処分取消訴訟における訴えの利益の消滅に関する次の記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、妥当なものはどれか。
- 公務員に対する免職処分の取消訴訟における訴えの利益は、免職処分を受けた公務員が公職の選挙に立候補した後は、給料請求権等の回復可能性があるか否かにかかわらず、消滅する。
- 保安林指定解除処分の取消訴訟における訴えの利益は、原告適格の基礎とされた個別具体的な利益侵害状況が代替施設の設置によって解消するに至った場合には、消滅する。
- 公文書非公開決定処分の取消訴訟における訴えの利益は、公開請求の対象である公文書が当該取消訴訟において書証として提出された場合には、消滅する。
- 運転免許停止処分の取消訴訟における訴えの利益は、免許停止期間が経過した場合であっても、取消判決により原告の名誉・感情・信用等の回復可能性がある場合には、消滅しない。
- 市立保育所廃止条例を制定する行為の取消訴訟における訴えの利益は、当該保育所で保育を受けていた原告ら児童の保育の実施期間が満了した場合であっても、当該条例が廃止されない限り、消滅しない。
【答え】:2
【解説】
1・・・妥当でない
たとえ免職処分を受けた後に、公務員が公職選挙に立候補し、当然に辞職したとみなされる場合であっても、
それによって直ちに「訴えの利益(処分取消訴訟を提起する法律上の必要性)」が消滅するわけではありません。
というのも、違法な免職処分がなければ、本来公務員として受け取るはずであった給料債権などの経済的利益があり、
それを回復する手段として、免職処分の取消を求める必要性は依然として残るからです。
この点について、最高裁昭和40年4月28日判決(最大判)は次のように述べています。
- 違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであった給料請求権その他の権利、利益につき、裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、免職処分の効力を排除する判決を求めることは、これらの権利、利益を回復するための必要な手段である
- 権利、利益が害されたままになっているという不利益状態が存在する限り、原告はなお訴訟を追行する利益を有する
したがって、本件では訴えの利益は消滅しないです。
2・・・妥当である
行政処分の取消訴訟においては、単に処分が違法であるというだけでは足りず、処分の取消しによって、原告が現に被っている不利益が解消される必要がある、すなわち「訴えの利益」が必要です。
本問のケースでは、「保安林指定の解除」が違法であるとして争われていますが、
仮に原告が「保安林が解除されたことにより洪水や渇水の危険が生じた」として訴えた場合でも、
その危険が代替施設(例えばダムや治水設備)の設置によって解消されたのであれば、
もはや処分の取消しによって原告が救済されるべき不利益は存在しないことになります。
この点について、最高裁昭和57年9月9日判決(長沼ナイキ基地訴訟)は次のように述べています。
代替施設の設置によって洪水や渇水の危険が解消され、本件保安林の存続の必要性がなくなったときは、
指定解除処分の取消しを求める訴えの利益は失われる。
したがって、本件では訴えの利益は消滅するとされます。
3・・・妥当でない
公文書の公開請求制度(情報公開法や条例に基づく制度)は、
国民が適法な手続により行政文書を閲覧または写しの交付を受ける権利を保障することを目的としています。
この制度に基づき、文書公開を請求したにもかかわらず、行政機関が「非公開」と判断した場合、
請求者はその処分の取消しを裁判所に求めることができます。
このような訴訟において、仮に争っている文書が裁判の過程で「書証」として提出された(つまり裁判所や当事者が内容を確認できた)としても、
それはあくまで裁判の手続内におけるものであり、
正式な公開制度に基づいて「閲覧」や「写しの交付」を受けるという原告の法的利益が満たされたわけではありません。
この点について、最高裁平成14年2月28日判決は次のように述べています。
- 本件条例に基づき公文書の公開を請求して、所定の手続により請求に係る公文書を閲覧し、または写しの交付を受けることを求める法律上の利益を有する
- 当該公文書が書証として提出されたとしても、当該非公開決定の取消しを求める訴えの利益は消滅するものではない
つまり、訴えの利益は失われないと明確に示されています。
4・・・妥当でない
行政処分の取消訴訟では、処分が違法であったとしても、
取消しを求める「法律上の利益」が現に存在していなければ、訴えの利益は認められません。
本問では、自動車運転免許の停止処分について争われていますが、
このような処分は、一定期間が経過すればその効力が自然に終了します。
また、道路交通法の下では、違反点数も無事故・無違反の状態が1年間続けばリセットされ、
将来的にその処分を根拠として不利益を受けるおそれもなくなります。
そのため、たとえ処分が名誉や感情、信用を損ねたとしても、
それは法的に保護される「法律上の利益」ではなく、単なる事実上の不利益に過ぎないとされます。
この点について、最高裁昭和55年11月25日判決は次のように明確に述べています。
- 処分を理由に道路交通法上不利益を受けるおそれがなくなったことはもとより、他に本件原処分を理由に不利益に取り扱いうる法令の規定はない
- 名誉、感情、信用等を損なう可能性の存在が認められるとしても、それは事実上の効果にすぎず、法律上の利益とは言えない
したがって、免許停止期間が終了し、違反点数も消滅したような場合には、訴えの利益は失われると解されます。
5・・・妥当でない
行政処分や行政行為に対する取消訴訟では、「訴えの利益」=「その取消しによって回復される具体的・法律上の利益」が必要です。
この問題で問われているのは、「市立保育所を廃止する条例の制定行為」に対する取消訴訟です。
原告は、その保育所に通っていた児童たちですが、すでに保育の実施期間が終了している(=卒園など)場合には、
たとえ条例自体が残っていたとしても、その取消しによって原告らに回復される法律上の利益はもはや存在しません。
この点について、最高裁平成21年11月26日判決は次のように明確に述べています:
つまり、条例が存在し続けていても、それにより現に不利益を受けている児童がいないのであれば、訴えの利益は消滅するという判断です。
令和6年(2024年)過去問
問1 | 基礎法学 | 問31 | 民法 |
---|---|---|---|
問2 | 基礎法学 | 問32 | 民法 |
問3 | 憲法 | 問33 | 民法 |
問4 | 憲法 | 問34 | 民法 |
問5 | 憲法 | 問35 | 民法 |
問6 | 憲法 | 問36 | 商法 |
問7 | 憲法 | 問37 | 会社法 |
問8 | 行政法 | 問38 | 会社法 |
問9 | 行政法 | 問39 | 会社法 |
問10 | 行政法 | 問40 | 会社法 |
問11 | 行政手続法 | 問41 | 多肢選択 |
問12 | 行政手続法 | 問42 | 多肢選択 |
問13 | 行政手続法 | 問43 | 多肢選択 |
問14 | 行政不服審査法 | 問44 | 行政法・40字 |
問15 | 行政不服審査法 | 問45 | 民法・40字 |
問16 | 行服法・行訴法 | 問46 | 民法・40字 |
問17 | 行政事件訴訟法 | 問47 | 基礎知識 |
問18 | 行政事件訴訟法 | 問48 | 基礎知識 |
問19 | 行政事件訴訟法 | 問49 | 基礎知識 |
問20 | 国家賠償法 | 問50 | 基礎知識 |
問21 | 国家賠償法 | 問51 | 基礎知識 |
問22 | 地方自治法 | 問52 | 行政書士法 |
問23 | 地方自治法 | 問53 | 住民基本台帳法 |
問24 | 地方自治法 | 問54 | 基礎知識 |
問25 | 行政法 | 問55 | 基礎知識 |
問26 | 公文書管理法 | 問56 | 基礎知識 |
問27 | 民法 | 問57 | 個人情報保護法 |
問28 | 民法 | 問58 | 著作権の関係上省略 |
問29 | 民法 | 問59 | 著作権の関係上省略 |
問30 | 民法 | 問60 | 著作権の関係上省略 |
