事前抑制
事前抑制の禁止というのは、何らかの表現物を発表しようとするときに、 事前にその発表を差し止めることです。事前に差し止められると、その表現内容が世の中に出てこないので、表現の自由が侵害されることになります。そのため、事前抑制は、原則禁止されています。ただし例外として、事前抑制が認められる場合もあります。下記、北方ジャーナル事件の判例では、「厳格かつ明確な要件のもと」では、事前抑制が許されるとしています。検閲
憲法第21条2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。そして、事前抑制の中の一つに「検閲:けんえつ」があります。 検閲とは、下記6つの要件を満たすものを言います。
- 行政権が主体となって、
- 思想内容等の表現物を対象とし、
- 表現物の一部または全部の発表を禁止する目的で、
- 対象とされる表現物を網羅的一般的に、
- 発表前に審査した上、
- 不適当と認めるものの発表を禁止すること
事前抑制と検閲の違い
上記検閲の要件の中で特に重要な要件は、検閲の主体は「行政権」であることです。 下記北方ジャーナル事件では、「裁判所(司法権)」が主体となっているので、検閲に当たりません。 そして、検閲は、例外を許さない絶対的禁止となっています。事前抑制と検閲の関係図
事前抑制と検閲に関する重要判例
- 外国から輸入しようした表現物が、税関長から通知があった「関税定率法に定める輸入禁止品」に該当するとして、輸入できなかった。この通知が日本国憲法第21条2項の検閲の禁止に違反するとして、争われた。この点について最高裁は、「輸入が禁止される表現物は、一般に、国外においては既に発表済みのものであつて、その輸入を禁止したからといつて、それは、当該表現物につき、事前に発表そのものを一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであつて、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会が全面的に奪われてしまうというわけのものでもない」として、上記要件5、6(発表前に発表を禁止する)を満たさないため、「検閲」にあたらないとした。(最大判昭59.12.12:税関検査事件)
- 雑誌「北方ジャーナル」の出版社Xは、雑誌「北方ジャーナル」の中で、知事選挙に立候補予定のYの名誉を傷つけるような記事を掲載する予定でした。それに対し、Yは裁判所に、同記事の印刷・販売等の差止めを求める仮処分を申請したところ、認められました。結果として、出版・販売等を行うことができなくなった出版社Xは、検閲および事前抑制にあたり、表現の自由を侵害だと主張して争われた。これに対して最高裁は、「憲法21条2項で禁止される「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す。そして、裁判所の仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、『検閲』には当たらない。とした。また、この判例で、「事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。」とも示している。(最大判昭61.6.11:北方ジャーナル事件)
- 家永らが執筆した『新日本史』という本が教科書検定で不合格とされ、検閲の禁止に違反しているのではないかと争われた。この点について最高裁は、「教科書検定は、教科書として採用するか否かの判断に過ぎず、採用されないとしても、一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質がないため検閲にあたらず、憲法21条2項に違反しない」、表現の自由を制限するものではないと判断しました。(最判平5.3.16:第一次家永教科書事件)