テキスト

最判平5.3.11:「所得税更正処分の取消し」と「国家賠償法」

論点

  1. 所得税更正処分の取消訴訟において、所得金額の過大認定が違法と認められた場合、その更正処分は直ちに国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

事案(奈良民商事件)

事業者Xが、事業所得について、A税務署長に対して、確定申告をした。

A税務署長は、税務署員に調査を命じたが、Xは民主商工会の事務局員の立ち合いを条件としたため、税務署員は調査をすることができなかった。

A税務署長は、Xの取引先や取引銀行を調査し、結果として、所得金額を増額する更正処分をした。(Xの所得税は、申告した場合よりも多くなる)

Xはこれを不服として、異議申し立ておよび審査請求を経た上で、本件更正処分の取消しを求める訴訟を提起したところ、当該更正処分を違法として、確定判決を得た。

そこで、Xは国Yに対して、慰謝料などの賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起した。

判決

所得税更正処分の取消訴訟において、所得金額の過大認定が違法と認められた場合、その更正処分は直ちに国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

直ちに違法となるわけではない

税務署長Yのする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、

税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

ところで、所得税法は、納税義務者が自ら納付すべき所得税の課税標準及び税額を計算し、自己の納税義務の具体的内容を確認した上、その結果を申告して、これを納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に課税標準である所得金額の基礎を正確に申告することを義務付けている。

本件のような事業所得についていえば、納税義務者はその収入金額及び必要経費を正確に申告することが義務付けられているのである。

それらの具体的内容は、納税義務者自身の最もよく知るところであるからである。

そして、納税義務者において売上原価その他の必要経費に係る資料を整えておくことはさして困難ではなく、資料等によって必要経費を明らかにすることも容易であり、しかも、必要経費は所得算定の上での減算要素であって納税義務者に有利な課税要件事実である。

そうしてみれば、税務署長がその把握した収入金額に基づき更正をしようとする場合、客観的資料等により申告書記載の必要経費の金額を上回る金額を具体的に把握し得るなどの特段の事情がなく、また、納税義務者Xにおいて税務署長Yの行う調査に協力せず、資料等によって申告書記載の必要経費が過少であることを明らかにしない以上、申告書記載の金額を採用して必要経費を認定すること(所得金額を増額する更正処分)は何ら違法ではないというべきである。

したがって、税務署長Yがその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をした事情は認められないから、更正処分に国家賠償法1条一1にいう違法があったということは到底できない。

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最判平4.10.29:原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理・判断の方法

論点

  1. 原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理・判断の方法

事案

電力会社Aは、愛媛県西宇和郡伊方町に原子力発電所の建設を予定していた。

Aは、「核原料物質および原子炉の規制に関する法律(規制法)」の規定に基づいて原子炉設置許可の申請をしたところ、内閣総理大臣Yは、原子炉設置許可処分をした。

これに対し、周辺住民Xらは、行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが、棄却されたため、原子炉設置許可処分の取消訴訟を提起した。

※異議申立て制度は現在ない。なので、審査請求と置き換えるとよいでしょう。

判決

原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理・判断の方法

①現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは②当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合、この判断に基づく原子炉設置許可処分は違法となる

原子炉設置許可の申請が規制法(24条1項)の基準に適合するかどうかの審査は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて高度な専門技術的判断を伴うものである。

また、24条2項では、内閣総理大臣が設置許可をする場合に、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めている。

上記のように定めているのは、原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、24条1項の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。

上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は

原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、

①現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは②当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。

(つまり、専門技術的な調査審議及び判断に不合理な点があり、これをもとにして、内閣総理大臣が許可処分をしたのであれば、処分は違法となる

最判平4.7.1:成田新法事件(行政手続と憲法31条)

論点

  1. 成田新法3条1項1号が憲法31条に違反しないか?

事案

昭和53年、成田国際空港の安全を確保するため、「過激派集団の出撃拠点となっていた近くの小屋の使用禁止を命ずることができる」旨のいわゆる成田新法が制定され、即日施行された。

運輸大臣Yは、昭和54年以降毎年2月に、過激派集団Xに対し、成田新法3条1項(上記規定)に基づき、空港の規制区域内に所在するX所有の通称「横堀要塞(ようさい):小屋」を1年の期間を定めて使用を禁止した。

そこでXは、上記規定が憲法31条等に違反し、違憲無効であり、本件使用禁止命令も違憲無効であるとして、Yに対して、本件使用命令禁止の取消訴訟を提起した。

判決

成田新法3条1項1号が憲法31条に違反しないか?

→違反しない

憲法第31条(適正手続の保障)
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

憲法31条の定める法定手続の保障(適正手続の保障)は、直接には刑事手続に関するものである。

しかし、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障(適正手続の保障)の枠外にあると判断することは相当ではない。(行政手続においても適正手続の保障の範囲内にあるといえる)

しかしながら、同条による保障(適正手続の保障)が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

 成田新法3条1項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法3条1項が憲法31条の法意に反するものということはできない(憲法31条に違反しない)

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最判平4.11.26:第二種市街地再開発事業計画の決定

論点

  1. 第二種市街地再開発事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

事案

株式会社Xは、大阪市内の第二種市街地再開発事業の対象である地区内に土地建物を所有していた。

大阪市Yは、都市再開発法54条1項に基づき、当該事業の決定をし、公告をした。

そこで、X社は、本件事業計画決定の取消訴訟を提起した。

※第二種再開発事業では、土地や建物の所有権等は、施行者(Y)によって個別に買収または収用されてしまう、という効果が発生する。

判決

第二種市街地再開発事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか?

→あたる

都市再開発法51条1項、54条1項は、市町村が、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画(以下「再開発事業計画」という。)を決定し、これを公告しなければならないものとしている。

そして、再開発事業計画の決定の公告をもって土地収用法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなすものとしている。

したがって、再開発事業計画の決定は、その公告の日から、土地収用法上の事業の認定と同一の法律効果を生ずるものであるから(同法26条4項)、市町村は、右決定の公告により、同法に基づく収用権限を取得するとともに、その結果として、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることとなる。

しかも、この場合、都市再開発法上、施行地区内の宅地の所有者等は、契約又は収用により施行者(市町村)に取得される当該宅地等につき、公告があった日から起算して30日以内に、その対償の払渡しを受けることとするか又はこれに代えて建築施設の部分の譲受け希望の申出をするかの選択を余儀なくされるのである。

そうであるとすると、公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。(処分性を有する)

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最判平4.9.22:民事差止訴訟と無効確認訴訟(もんじゅ訴訟)

論点

  1. 周辺住民が原子炉設置者に対して、その建設・運転の差止めを求める民事訴訟を併合提起している間に、原子炉の設置許可処分の無効確認訴訟を提起することは適法か?

事案

動力炉・核燃料開発事業団Aは、福井県敦賀市(つるが)に高速増殖炉原子炉「もんじゅ」の建設・運転を計画し、内閣総理大臣Yは、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律(規制法)に基づき原子炉設置許可処分を行った。

このため、付近の住民XらがYを被告として、原子炉設置許可処分に際しての安全審査に重大かつ明白な瑕疵があるとして、原子炉設置許可処分の無効確認の訴えを提起するとともに、Aに対して、原子炉施設の建設・運転の民事差止め訴訟を併合提起した。

判決

周辺住民が原子炉設置者に対して、その建設・運転の差止めを求める民事訴訟を併合提起している間に、原子炉の設置許可処分の無効確認訴訟を提起することは適法か?

適法

行政事件訴訟法36条によれば、処分の無効確認の訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができると定められている。

そして、処分の無効確認訴訟を提起し得るための要件の一つである、右の当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合とは、当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもちろん、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味するものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるのに、Xらは本件原子炉施設の設置者である動力炉・核燃料開発事業団Aに対し、人格権等に基づき本件原子炉の建設ないし運転の差止めを求める民事訴訟を提起しているが、右民事訴訟は、行政事件訴訟法36条にいう当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えに該当するものとみることはできない

また、右民事訴訟は、本件無効確認訴訟と比較して、本件設置許可処分に起因する本件紛争を解決するための争訟形態としてより直截的で適切なものであるともいえないから、Xらにおいて右民事訴訟の提起が可能であって現にこれを提起していることは、本件無効確認訴訟が同条所定の前記要件を欠くことの根拠とはなり得ない

したがって、原子炉設置許可処分の無効確認訴訟の提起をすることは適法である。

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最判平4.9.22:原子炉設置許可処分と原告適格(原告適格を有する)

最判平4.9.22:原子炉設置許可処分と原告適格

論点

  1. 原子炉の周辺に居住する住民は、原子炉設置許可処分の無効確認訴訟の原告適格を有するか?

事案

動力炉・核燃料開発事業団は、福井県敦賀市(つるが)に高速増殖炉原子炉「もんじゅ」の建設・運転を計画し、内閣総理大臣Yは、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律(規制法)に基づき原子炉設置許可処分を行った。

このため、付近の住民XらがYを被告として、原子炉設置許可処分に際しての安全審査に重大かつ明白な瑕疵があるとして、原子炉設置許可処分の無効確認の訴えを提起した。

判決

原子炉の周辺に居住する住民は、原子炉設置許可処分の無効確認訴訟の原告適格を有するか?

原告適格を有する

行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。

そして、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。

そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。

そして、行政事件訴訟法36条は、無効等確認の訴えの原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」の意義についても、右の取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である。

そして、原子炉設置許可の基準の趣旨は、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであると認められる場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。

そして、「所定の技術的能力の有無」及び「所定の安全性に関する各審査」に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるのである。

このような原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。

原子炉設置許可の基準の趣旨、「所定の技術的能力の有無」及び「所定の安全性に関する各審査」が考慮している被害の性質等にかんがみると、「所定の技術的能力の有無」及び「所定の安全性に関する各審査」は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。

そして、本件原子炉から約29kmないし約58kmの範囲内の地域に居住している者は、「所定の技術的能力の有無」及び「所定の安全性に関する各審査」に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件設置許可処分の無効確認を求める本訴請求において、行政事件訴訟法36条所定の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。(原告適格を有する

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最判平4.9.22:民事差止訴訟と無効確認訴訟(もんじゅ訴訟)

最判平4.1.24:「土地改良事業の施行認可処分」と「訴えの利益」

論点

  1. 土地改良事業の工事が完了して、原状回復が不可能となった場合、当該事業の施行認可の取消しを求める訴えの利益は消滅するか?

事案

A町は、町営の土地改良事業を計画し、事業計画を定め、B県知事に対して、本件土地改良事業の施行の認可申請をした。

その後、本件事業地内の土地所有者であるXは、本件認可の取消しを求めて出訴した。

そして、裁判の係属中に本件事業計画にかかる工事はすべて完了した。

判決

土地改良事業の工事が完了して、原状回復が不可能となった場合、当該事業の施行認可の取消しを求める訴えの利益は消滅するか?

訴えの利益は消滅しない

本件認可処分は、本件事業の施行者であるA町に対し、本件事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを認可するもの、すなわち、土地改良事業施行権を付与するものである。

そして、本件事業において、本件認可処分後に行われる換地処分等の一連の手続及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において本件認可処分が取り消されるとすれば、これにより右換地処分等の法的効力が影響を受けることは明らかである。

そして、本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条事情判決)の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求めるXの法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である。

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最判平3.7.9:監獄法事件

論点

  1. 被勾留者と幼年者との接見を原則禁止するとした旧監獄法施行規則は、旧監獄法の委任の範囲を超え、無効となるか?

事案

Xは、ある罪により東京拘置所に勾留されていたが、第一審・第二審において死刑判決を受け、最高裁に上告をしていた。

Xはその間に、死刑廃止運動に関係するAから裁判を通じて援助を受け、「Aの母親B」と養子縁組を結んだ。

そして、Xは「Aの娘C(10歳)」と文通をしており、XはCとの面会を求めたところ、東京拘置所長Y1は旧監獄法施行規則に基づき不許可処分とした。

旧監獄法50条には「接見の立ち合い、信書の検閲その他接見及び信書に関する制限は法務省令をもって定める」と規定し、それを受けて、旧監獄法施行規則120条で「14歳末満の者には在監者と接見することを許さない」と規定し、旧監獄法施行規則124条は「所長において処遇上その他必要があると認めるときは旧監獄法施行規則120条の制限を免除できる」と規定していた。

Xは、旧監獄法施行規則120条が、憲法31条(適正手続の保障)、13条(人権保障)、14条(法の下の平等)の保障する幼年者との面接権を侵害する違憲な規定であり、仮に違憲でないとしても面接不許可処分は裁量権を濫用したものであるとして、国Y2に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償訴訟を提起した。

判決

被勾留者と幼年者との接見を原則禁止するとした旧監獄法施行規則は、旧監獄法の委任の範囲を超え、無効となるか?

委任の範囲を超え、無効である

旧監獄法50条は、「接見の立ち合い、信書の検閲その他接見及び信書に関する制限は法務省令をもって定める」と規定し、命令(法務省令)をもって、面会の立会、場所、時間、回数等、面会の態様についてのみ必要な制限をすることができる旨を定めている。

そして、命令によって接見許可の基準そのものを変更することは許されない。

ところが、規則120条は、「14歳末満の者には在監者と接見することを許さない」と規定し、旧監獄法施行規則124条は「所長において処遇上その他必要があると認めるときは旧監獄法施行規則120条の制限を免除できる」と規定している。

これによれば、規則120条が原則として被勾留者と幼年者との接見を許さないこととする一方で、規則124条がその例外として限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしていることが明らかである。

しかし、これらの規定は、たとえ事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害することがないようにという配慮の下に設けられたものであるとしても、それ自体、法律によらないで、被勾留者の接見の自由を著しく制限するものであって、法50条の委任の範囲を超えるものといわなければならない

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最判平3.4.26:水俣病認定業務に関する知事の不作為違法

論点

  1. 水俣病患者の認定申請をした者が、相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされない利益は、不法行為法上の保護の対象になるか?
  2. 水俣病患者の認定申請を受けた処分庁が、申請に対する処分をする義務に違反したというためには、どのような要件が必要か?

事案

Xらは、水俣病の認定申請をした。しかし、半年以上経過しても、熊本県知事から何らの応答処分を受けなかったので、Xらは、熊本県知事等Yに対して国家賠償法1条等に基づく損害賠償請求の訴えを提起した。

判決

水俣病患者の認定申請をした者が、相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされない利益は、不法行為法上の保護の対象になるか?

保護の対象となる

一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要がある。

したがって、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。

本件についてみるに、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥(しょうそう:あせっていらだつこと)不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。

水俣病患者の認定申請を受けた処分庁が、申請に対する処分をする義務に違反したというためには、どのような要件が必要か?

①その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、②その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかった、という2つの要件が必要

一般に、処分庁が認定申請を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できる。

したがって、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。

そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず①その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、②その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである。

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最判平2.12.13:改修済河川の安全性(多摩川水害訴訟)

論点

  1. 改修済河川における河川管理の瑕疵の判断基準は?

事案

昭和49年8月末の豪雨により、1級河川・多摩川が著しく増水し、東京都狛江市の河道内に設置された取水堰(取水ダム)を越えた流水(洪水)により付近の家屋19棟が流出するという水害が発生した。

建設大臣(現国土交通大臣)Aは、昭和41年に多摩川水系工事実施基本計画を策定していたが、今回の洪水は、この基本計画の予定する水量規模の洪水であった。

そして、洪水が行った付近の河川部分は、基本計画による改修工事が終わった区間とされ、本件災害時までの間にも、基本計画に照らして新規の改修、整備の必要性は認められておらず、当面の改修計画もなかった。

そこで、被災者Xらは、多摩川の管理者である国Yに対して、危険な取水ダムを放置し、これに対応する河川管理施設の整備を怠ったとして、国家賠償法2条1項に基づいく損害賠償請求訴訟を提起した。

判決

改修済河川における河川管理の瑕疵の判断基準は?

改修済河川は、改修がなされた段階で想定されていた洪水に対応しうる安全性を備えていたか否かで判断する

工事実施基本計画が策定され、「右計画に準拠して改修、整備がされ」、あるいは「右計画に準拠して新規の改修、整備の必要がないものとされた」河川の改修、整備の段階に対応する安全性とは、同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいうものと解すべきである。

つまり、前記判断基準に示された河川管理の特質から考えれば、改修、整備がされた河川は、その改修、整備がされた段階において想定された洪水から、当時の防災技術の水準に照らして通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべきものであるというべきである。

水害が発生した場合においても、当該河川の改修、整備がされた段階において想定された規模の洪水から当該水害の発生の危険を通常予測することができなかった場合には、河川管理の瑕疵を問うことができない。

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